- 2004.08.20
- 書評
王様(キング)と私
文:深町 眞理子 (翻訳家)
『ザ・スタンド 5』 (スティーヴン・キング 著/深町眞理子 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
十七年ごしのスティーヴン・キング『ザ・スタンド』とのつきあいに、ようやく一区切りがついた。四月から文庫版を一巻ずつ出してきて、八月に出た最終巻Vでついに打ちあげだが、とにかく長かった。
この年齢(あと三カ月で七十三歳!)になると、時間は日々須臾(しゅゆ)にして過ぎ去り、十七年など文字どおりあっという間だが、それでも、一九六二年以来の専業翻訳者生活の、優に三分の一以上を占める時間ではある。
最初に翻訳のお話をいただいたのが八七年だった。まだ〈完全無削除版〉の刊行前で、渡されたのはむろん、最終稿からおよそ四百ページを削除した縮約版(縮約しても八百二十三ページもあるものを、そう呼べるかどうかはべつとして)だが、とかくするうち、完全無削除版が出るというニュースが伝わり、やがて送られてきたのが、新版のタイプ原稿のコピー。
原稿には手書きによる推敲の跡が随所に見られ、それだけでもこの版に賭ける作者の意気込みに圧倒される思いだったが、のちに入手した完全版をこのタイプ原稿とくらべてみると、またまた大幅に手がはいっている。いま現物が見つからないので記憶だけで言うのだが、とくに最後の「かくて円環はとじる」の章などは、まるきりちがう文章になっていたはずだ。
それからいろいろあって、単行本『ザ・スタンド』が出たのが二〇〇〇年末。かろうじて二十世紀末にはすべりこんだが、それでも作中の時間からはまるまる十年遅れてしまった。
慙愧(ざんき)に堪えない(もっとも、完全版を入手後すぐに翻訳にかかっていたとしても、おそらくは九〇年六月という作中時間の始まりにはまにあわなかったろうが)。
せめてもの罪滅ぼしは、キングの<最長>傑作という前評判に恥じない訳文をと心がけたこと、これに尽きるし、今回の文庫化にあたっても、単行本の訳文に徹底的に手を入れることで、この姿勢はつらぬいたつもりだ。そしてこれは言うまでもなく、単行本・文庫版それぞれの編集者のかたがたの絶大なご協力あってのことであり、ここで遅ればせながら諸兄姉に心よりのお礼を申し述べさせていただく。
訳文そのもののほかに、私がとくに力を入れたのは、縮約版で削除されたのをかねて心残りに思ってきた、と「まえがき」で作者が述べている、〈ザ・キッド〉の登場する場面だ。心残りと言うからには、この特異な人物に格別の思い入れがあるのだろう。作者のその思いを、訳者としてもなんとか読者に伝えたい。
というところで、翻訳の小説としてはきわめて異例のことながら、この人物には関西弁ないし河内弁を使わせることにした。正統の河内弁になっているかどうかはさておき(なにぶん私、根っからの東京人なので)、この人物の持つ雰囲気はある程度出せたのではないかと思っている。
いまひとつ注意したのは、原稿から縮約版へ、さらに無削除版へと移行するかんに生じたと思われる、叙述上の矛盾点について。これについては、単行本でも文庫版でも各巻の巻末に注記してあるが、文庫化にあたって仔細に全文を読みなおしたところ、またいくつかの問題点が見つかった。もちろんそれらは直してあるが、それでも見のがしたのが一カ所ある。
未読のかたの興を殺(そ)がないよう詳しくは書かないが、Vの一一二頁と二四六頁とに、“パーマカバーのノート”が出てくる。このノートの扱いが前と後とでは食いちがっているのだ。文脈上、どちらもいまさら文章を変えることは無理なので、ここでそっとお詫びして、どうかお見のがしを、とお願いしたい。
ところで、Vの巻末解説で紹介されている『ザ・スタンド』の映像化作品のことだが、作者の「まえがき」によれば、ファンはそれぞれ各キャラクターについて理想の配役を持っているというし、解説の風間賢二氏も、自分がいだいているキャラクター像が視覚化されたときの、受け入れがたい違和感を挙げておられる。
作品自体は、一九九六年五月にNHKのBS2で四回シリーズとして放映され、わが家でもビデオに録ってあるが、じつは、私もまた私なりにいだいているイメージが裏切られるのがいやさに、八年以上たったいまもなお、せっかく録ったビデオを見ていない。また、読者はそれぞれにご贔屓(ひいき)のキャラクターをお持ちだろうが、私のそれは、一にグレン(彼の傾ける蘊蓄<うんちく>が楽しいし、そもそも彼がいなければ、コジャックがボールダーへくることもなく、コジャックがいなければ、スチューが生きのびることもありえなかったはずだ)、そして二が〈ごみ箱男〉。
前に挙げた〈ザ・キッド〉の登場部分以外に、削除されて傷が残ったと作者が語っているのが、〈ごみ箱男〉のインディアナからラスヴェガスまでの長途の旅を描いた部分だが、ここを読めば(そこでは彼と〈ザ・キッド〉との出会いも描かれている)、だれしもこの若者――かつてドナルド・マーウィン・エルバートだったこの若者――の哀しさが感じとれることだろう。そして、そういう彼の内面の痛みまでは、おそらく映像では描けないと思うのである。
遠く一九七七年、いまはないパシフィカ社から『シャイニング』の翻訳を依頼されたときから始まったキングとのご縁、それもこれで終わりとなると、やはりちょっと寂しい。これからは、<老後の楽しみ>として、ほかの訳者のかたの手がけられるものを楽しませていただこうと思っている。
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