──「京味」で使われる素材は、ほとんどが京都や関西一円から届けられていますね。
西 やはり、うちの店の基本は「京の味」ですから。魚屋さんにしても、八百屋さんにしても、京都での修業時代以来の長いおつきあいです。明石の鯛、瀬戸内の鱧、若狭のぐじ、丹波の松茸にしめじ、そして京野菜の数々……。「京味」の料理は、こうした誇るべき素晴らしい素材あってのものです。
──ところで、お父さまの西 音松さんは、政治家で大の食通でもあった西園寺公望(きんもち)公のお抱え料理人を務めたこともある名料理人でいらっしゃった。本の中では、お父さまから教わった料理とともに、西さんの目を通した「父・西 音松」の人間像が随所で語られています。職人の中の職人でいらしたようですね。
西 親父は私に輪をかけて、料理一筋の人でした。私が若い頃は親父のもとで働くこともなく、言葉を交わしたことさえほとんどありませんでしたが、晩年の十二年間はこの店で月の半分を過ごしてくれて、そこで初めて料理の真髄を学ばせてもらった気がします。具体的な調理技術だけでなく、料理人としての姿勢、心構えを教わったことが、その後の私の料理人生に光を与えてくれました。
──音松さんには名語録がたくさんありますね。
西 親父は諭(さと)すように言うのではなく、何かの拍子に、それこそ独りごとのようにボソッと言う。でも、どれもが核心を突いていて、そうした言葉に私など何度ハッとしたことか。
「変わったもんと美味いもんとは違う」
「いま、目の前にあるもんで作るのが料理人や」
「これでいいちゅうのはひとつもない。それをいうのは死ぬ時や」
今は、私が若い者に言うてますけど、それは自分自身への戒めでもある。ひとつひとつの言葉を自分で噛(か)みしめながら言うてますよ。料理人という仕事は、いちばんいい時季の、最高に味ののった素材を見極めて、手を加えることで本来の美味しさ以上のものに引き上げること。手のかけ方いかんで同じ素材がよくもなれば、悪くもなるもんです。より美味しく、より奥のある味を引き出すために、何をどうするのがよいのか考えなければいいものはできません。親父の言うてたように、まさに死ぬまで勉強です。
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