書評

家族は時として呪いにもなる――心優しき中年新米探偵と謎の美少女コンビ再び

文: 大矢 博子 (書評家)

『虹の家のアリス』 (加納朋子 著)

 物語の視点人物は仁木順平。五十歳を機に脱サラして、長年の夢だった探偵事務所を開業した。だが持ち込まれる依頼は決して多くない上、失せ物探しやペット探しなど、夢見ていたハードボイルドな私立探偵とは毛色の違うものばかり。有名なシナリオライターである妻と、既に成人し独立している一男一女がいる。

 その仁木探偵事務所の優秀なる助手にしてお茶くみ担当が、市村安梨沙だ。本書では二十歳になったところだが、それより幼く見える美少女。ルイス・キャロルの〈アリス〉シリーズと猫をこよなく愛す。仁木の事務所が開業間もない頃、どこからともなく現れて押しかけ助手となった。聡明で、彼女の推理やひらめきで解決した事件も少なくない。

 この心優しき中年新米探偵と謎の美少女のコンビが、持ち込まれる事件を協力して解決する、というのがシリーズの骨子である。と同時に前作には、全編を通して「市村安梨沙とは何者なのか」「なぜ彼女は仁木探偵事務所の押しかけ助手になったのか」という大きな謎が存在した。その謎が解かれ――つまり安梨沙の正体と、事務所にやってきた理由がわかり、安梨沙が家を出て仁木の娘・美佐子のもとに身を寄せたところで、前作は幕を閉じた。本書はその状態からのスタートだ。

 第一話「虹の家のアリス」は、育児サークルで起きる奇妙な出来事。話を聞いただけで仁木が謎を解く安楽椅子探偵タイプの一編で、温かく幸せな読後感は本書屈指だ。

 続く「牢の家のアリス」は、産婦人科の医院から生まれたばかりの赤ちゃんが消えた事件。誘拐&密室のダブルの謎と、細やかな伏線の回収を堪能されたい。

 ミステリファンがニヤリとするのが第三話「猫の家のアリス」。ネットの掲示板に、飼い猫が殺されたという書き込みが相次いだ。猫たちの名前はアミ、ボン、キャンディ、つまりABC殺人事件である。なお、本編は二〇〇一年にアンソロジー「『ABC』殺人事件」(講談社文庫)のために書き下ろされた作品で、ネット文化は今と若干異なるが、ネットならではの謎解きは現代でもそのまま通用する。

 安梨沙の個人的な問題が扱われるのが「幻の家のアリス」。謎解きという点では地味だが、この連作の中で大きな意味を持つ一編だ。

 第五話「鏡の家のアリス」では、仁木の息子・航平の婚約者が、航平の元カノから嫌がらせを受けているという物語。ミステリとしてはこれが本書の白眉と言っていい。騙されること請け合いである。

 掉尾を飾るのが「夢の家のアリス」。相次ぐ花泥棒を仁木と安梨沙が追う。そして安梨沙は、ずっと引きずってきた問題に向き合うため、ある決意をする。

〈日常の謎〉ばかりではなく、刑事事件になってもおかしくない悪事もあるが、いずれも加納朋子の持ち味が十全に発揮された、柔らかく優しい物語ばかりである。

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虹の家のアリス加納朋子

定価:本体660円+税発売日:2016年10月07日

螺旋階段のアリス加納朋子

定価:本体610円+税発売日:2016年09月02日


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