- 2016.10.27
- 書評
家族は時として呪いにもなる――心優しき中年新米探偵と謎の美少女コンビ再び
文:大矢 博子 (書評家)
『虹の家のアリス』 (加納朋子 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
物語の視点人物は仁木順平。五十歳を機に脱サラして、長年の夢だった探偵事務所を開業した。だが持ち込まれる依頼は決して多くない上、失せ物探しやペット探しなど、夢見ていたハードボイルドな私立探偵とは毛色の違うものばかり。有名なシナリオライターである妻と、既に成人し独立している一男一女がいる。
その仁木探偵事務所の優秀なる助手にしてお茶くみ担当が、市村安梨沙だ。本書では二十歳になったところだが、それより幼く見える美少女。ルイス・キャロルの〈アリス〉シリーズと猫をこよなく愛す。仁木の事務所が開業間もない頃、どこからともなく現れて押しかけ助手となった。聡明で、彼女の推理やひらめきで解決した事件も少なくない。
この心優しき中年新米探偵と謎の美少女のコンビが、持ち込まれる事件を協力して解決する、というのがシリーズの骨子である。と同時に前作には、全編を通して「市村安梨沙とは何者なのか」「なぜ彼女は仁木探偵事務所の押しかけ助手になったのか」という大きな謎が存在した。その謎が解かれ――つまり安梨沙の正体と、事務所にやってきた理由がわかり、安梨沙が家を出て仁木の娘・美佐子のもとに身を寄せたところで、前作は幕を閉じた。本書はその状態からのスタートだ。
第一話「虹の家のアリス」は、育児サークルで起きる奇妙な出来事。話を聞いただけで仁木が謎を解く安楽椅子探偵タイプの一編で、温かく幸せな読後感は本書屈指だ。
続く「牢の家のアリス」は、産婦人科の医院から生まれたばかりの赤ちゃんが消えた事件。誘拐&密室のダブルの謎と、細やかな伏線の回収を堪能されたい。
ミステリファンがニヤリとするのが第三話「猫の家のアリス」。ネットの掲示板に、飼い猫が殺されたという書き込みが相次いだ。猫たちの名前はアミ、ボン、キャンディ、つまりABC殺人事件である。なお、本編は二〇〇一年にアンソロジー「『ABC』殺人事件」(講談社文庫)のために書き下ろされた作品で、ネット文化は今と若干異なるが、ネットならではの謎解きは現代でもそのまま通用する。
安梨沙の個人的な問題が扱われるのが「幻の家のアリス」。謎解きという点では地味だが、この連作の中で大きな意味を持つ一編だ。
第五話「鏡の家のアリス」では、仁木の息子・航平の婚約者が、航平の元カノから嫌がらせを受けているという物語。ミステリとしてはこれが本書の白眉と言っていい。騙されること請け合いである。
掉尾を飾るのが「夢の家のアリス」。相次ぐ花泥棒を仁木と安梨沙が追う。そして安梨沙は、ずっと引きずってきた問題に向き合うため、ある決意をする。
〈日常の謎〉ばかりではなく、刑事事件になってもおかしくない悪事もあるが、いずれも加納朋子の持ち味が十全に発揮された、柔らかく優しい物語ばかりである。
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