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家族は時として呪いにもなる――心優しき中年新米探偵と謎の美少女コンビ再び

家族は時として呪いにもなる――心優しき中年新米探偵と謎の美少女コンビ再び

文:大矢 博子 (書評家)

『虹の家のアリス』 (加納朋子 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『螺旋階段のアリス』と『虹の家のアリス』の両方に共通するのは、これが〈安梨沙が一歩を踏み出すまでの物語である〉ということだ。前作では安梨沙が家を出るまで、そして本書では、出た家に対して正面から向き合おうとするまでを描いている。

 ここで、いずれも大団円の解決までは描かれていないことに気づかれたい。安梨沙が家を出ることで親との関係がすぐに変わるわけではないし、本書のラストは安梨沙の決意で終わっていて、それがどうなるかまではわからない。あくまでも本シリーズは、〈一歩を踏み出す〉までの物語なのである。だが、一歩を踏み出すということは、その人物が自らの手で人生を切り開く決意をしたということに他ならない。

 仁木は、そんな安梨沙の背中を押す役目だ。安梨沙が一歩を踏み出せるよう、力強い手で背中を押す役目だ。そのためには、仁木は頼れる存在でなくてはならない。探偵としては新米でも、その人生経験と優しさで事件を解きほぐすことができるくらいの大きさを持った人間でなくてはならない。だから仁木は当初のワトソン役から、頼れる探偵へ変化する必要があった。

 仁木のその大きさは、助け合い信じ合う家族の存在に支えられていることが、本書を通して描かれている。家族の呪いで苦しんでいる安梨沙を、家族が支えであり安らぎである仁木が救うという構図だ。娘を心配し思いやり、息子を助けアドバイスする父親としての仁木の視線は、最終話でそのまま安梨沙にも向けられている。つまり、本書の仁木は安梨沙にとって父なのだ。

 そう考えれば、本シリーズが〈安梨沙が一歩を踏み出すまで〉の話である理由が腑に落ちる。親の役目は、子の一生を何から何まで助けてまわることではなく、子が独り立ちするための手助けをすることなのだから。

『虹の家のアリス』は、安梨沙が一歩を踏み出すまでの、そして仁木がその背中を押せるようになるまでの、ふたりの歩みの物語なのである。

 

 冒頭で私は、本書が加納朋子の変換期の作品であると書いた。この〈一歩を踏み出すまで〉を描いた『虹の家のアリス』は、同時に、デビュー十周年の著者が自らの作品において次の一歩を踏み出す作品でもあったのだ。

 デビュー二十周年の二〇一二年には、自らの闘病の様子を綴った『無菌病棟より愛をこめて』(文春文庫)を上梓した。これもまた大きなメモリアルの一冊と言える。その後、『はるひのの、はる』(幻冬舎文庫)、『トオリヌケ キンシ』を刊行し、著者はまた新たなディケイドに入った。

 二〇二二年、三十周年を迎えた加納朋子がどのような作品を書いているのか、今から楽しみでならない。それを待ちながら、今はしばし、十四年前へのタイムトリップをお楽しみいただきたい。

文春文庫
虹の家のアリス
加納朋子

定価:726円(税込)発売日:2016年10月07日

文春文庫
螺旋階段のアリス
加納朋子

定価:671円(税込)発売日:2016年09月02日

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