- 2016.10.27
- 書評
家族は時として呪いにもなる――心優しき中年新米探偵と謎の美少女コンビ再び
文:大矢 博子 (書評家)
『虹の家のアリス』 (加納朋子 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
『螺旋階段のアリス』と『虹の家のアリス』には、相違点と共通点がひとつずつある。
違っているのは、前作の収録作が〈夫婦の物語〉だったのに対し、本書は〈家族の物語〉であるということだ。夫婦、親子、または血のつながりはなくとも共に暮らす者の事件を語ることで、家族とは何なのか、家とは何なのかを浮き彫りにしていく。
たとえば「幻の家のアリス」で描かれる、家族に対して幻想を抱き理想を押し付けることの愚かさに、読者は思わず我が身を振り返るだろう。「鏡の家のアリス」である人物が言った「家族って背負うもんでも気負うもんでもないんじゃないか? ただ一緒にいたい人たち、離れててもいちばん近い人たち……それでいいんじゃないの?」という言葉に、忘れかけていた気持ちを思い出すだろう。
家族は時として呪いにもなる。と同時に支えにも安らぎにもなる。そして呪いにするのか安らぎにするのかは、家族のひとりひとりにかかっている。
このテーマは事件だけのことではない。むしろ個々の事件を媒介にして、仁木と安梨沙、それぞれの家族を描くのが主眼と言っていいだろう。家族が〈呪い〉になっているのが安梨沙、〈支えと安らぎ〉になっているのが仁木だ。そのため本書では仁木の妻と、前作では名前だけしか出てこなかった子どもたちが重要な役割を担って登場する。安梨沙の方も、前作で明らかになった実家の問題がさらに具体的にクローズアップされてくる。それらが最大の読みどころだ。
そしてこのテーマをより際立たせるために、本シリーズにはある工夫がある。『螺旋階段のアリス』収録作を見ると、序盤は安梨沙が名探偵、仁木はワトソン役として描かれていた。この手のシリーズミステリにはよくあるコンビ設定と言っていい。それが徐々に、仁木は安梨沙と同時に真相に到達したり、ときには安梨沙抜きで解決するようになる。ふたりの探偵としてのバランスが次第に変わってくるのだ。本書では、事件解決は仁木だけで済むものが多い。
著者は本書単行本版に収録されたインタビューの中で、「『女には向かない職業』のコーデリアみたいに、可憐でけなげな女探偵を書きたくて始めたシリーズでした。……元々は。それがどうして、こうなってしまったんでしょうね」と語っている。「こうなって」というのは、作品が必ずしも〈安梨沙の探偵物語〉ではなくなってしまったことを指しているのだろう。
美少女探偵と中年ワトソンという安定した設定を破棄してまで仁木にイニシアチブをとらせた、その意図はどこにあったのか。それが本書の〈前作との共通点〉につながる。
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