- 2022.08.17
- 書評
頭突き合戦で確かめ合ったハードボイルド作家、先輩・後輩の絆!?
文:月村 了衛 (作家)
『無防備都市 禿鷹II』(逢坂 剛)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
逢坂剛の〈禿鷹シリーズ〉は同作者の〈百舌シリーズ〉と並び、今日ではすでに評価の定まった名シリーズである。その文庫新装版が出るということで、編集部より解説を仰せつかった。
大役であり、旧版では多くの先生方が解説を担当しておられる。それらの解説を改めて読み直すと、いずれの方々も明晰な論を展開されていて、私など一読者としてひたすら感心するばかりであった。
主人公の画期的な個性と魅力。徹底的に内面を描写しない文体。読者を惹きつけてやまぬストーリーテリングの妙。シリーズの流れが生み出す感興。すべて微に入り細をうがつ精妙さで以て指摘され尽くしている。
しいて私に付け加えられるとすれば、そのセンスの良さだ。本作『無防備都市 禿鷹II』はシリーズ二作目だが、タイトルの『無防備都市』、これがいい。ここで『無防備都市』を持ってくるのが天性のセンスというものなのだ。
もとは言わずと知れたロベルト・ロッセリーニ監督映画『無防備都市』(一九四五)で、あまりにいいのでここぞというときに使いたいと思っている者は決して少なくないはずだ(一例を挙げると、かのテレビドラマ「西部警察」第一話のサブタイトルはずばり『無防備都市』)。私も機会があれば使いたいところだが、「西部警察」はともかく〈禿鷹シリーズ〉で使われていたらもう断念せざるを得まい。
ともかく、私如きが今さら屋上屋を架するまでもあるまいと思ったのだが、「後輩作家によるエッセイ」的な文章が求められているということで、それならば逢坂先生のお人柄を伝えるよい機会ではないかと考え、僭越ながらお受けした次第である。
そもそも私が逢坂さんに初めてお目にかかったのは、某文学賞のパーティー会場であった。なにしろハードボイルド派の大先輩であるから、私はもう緊張してしまい、すでに可動域が極端に失われつつあった腰を最大限に折り曲げ最敬礼でご挨拶した。
「初めましてッ、月村了衛と申しますッ」
ここに致命的な誤算が二つあった。
一つは距離が近すぎたこと。
もう一つは、逢坂さんがとても謙虚なお人柄であったこと。
つまり、私と同じ勢いで、しかもタイミングを一にして逢坂さんが頭をお下げになったのだ。
必然的に双方の頭部は真っ向から激突した。
あろうことか、大先輩の巨匠に対し、私は初対面で盛大に頭突きをかましてしまったのである!
昨日今日の新人作家でしかない私は当然恐慌に陥った。
「申しわけございませんッ!」
慌ててお詫びすべく頭を下げた。しかしこのときすでに、逢坂さんの頭部は「いやいや、こちらこそ」と同じ軌道に入っていたのである!
二度目の激突が起こった。痛い。相当に痛い。だがそんなことはどうでもいい。
天下の逢坂剛に、二度も頭突きをキメてしまった!
取り返しがつかない大惨事である。私は衷心よりお詫び申し上げるべく三度目の……
涙がにじんでこれ以上はとても書けない。
結論のみを記すと、わずか十数秒の間に、私は逢坂剛と三度にわたる頭突き合戦を繰り広げてしまったのだ。
繰り返すが、初対面である。本来ならその場で切腹、屍がスペインの荒野に晒されてもおかしくはないところだが、逢坂大人は少しも怒らず、ニコニコと笑いながらこうおっしゃるではないか――「ハゲがうつらなきゃいいんですけど」
(ここで十数秒ばかりむせび泣く。私が)
時は流れて幾星霜、というほどでもないが、私は何度か逢坂さんとトークショーを行なう栄誉に浴した。そのうちの一回で、逢坂さんが余興として得意の早撃ちを来場者に披露したことがある。
その日私は、評論家の霜月蒼さんから頂いた内藤陳さんの遺品であるコルト・シングル・アクション・アーミーを持参した。当然実銃ではなくモデルガンである。
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