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正気の人間なんか、この世にいない――何度読んでも戦慄する極悪刑事の狂気

正気の人間なんか、この世にいない――何度読んでも戦慄する極悪刑事の狂気

文:永瀬 隼介 (作家)

『銀弾の森 禿鷹III』(逢坂 剛)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #小説

『銀弾の森 禿鷹III』(逢坂 剛)

 まいった。まさかここまで非情で冷酷で、性格が悪いとは――遡(さかのぼ)ること四半世紀近く前、わたしは、読者の共感など知ったことか、とばかりに驀進する逢坂さんの剛直な筆に叩きのめされ、そのあまりのやられっぷりに、爽快感さえ味わった。

 禿鷹シリーズ、第一作『禿鷹の夜』を読んだときの、頭をハンマーでぶん殴られたような衝撃はいまも鮮明である。

 当時の記憶を辿(たど)れば、ミステリファンの知人たちから「逢坂剛の新作、ハゲタカは凄いぞ」「ノワール? そんなカテゴリーをぶっ壊しているね」「ドカンと突き抜けた悪徳刑事」「こいつの行動は理解不能、いや理解する必要なし」「清々しいほど悪いヤツ」と、驚嘆とも称賛ともつかぬ熱っぽい言葉を数多(あまた)聞いた。その読後感は十人十色、様々なれど、共通項は“とんでもないものを読んでしまった、でも滅法面白い”というものだ。

 さっそくページをめくり、度肝を抜かれた。刑事が雨降る深夜、渋谷の街中でみかじめ料を集めて回るヤクザを脅し、所属課を問われると「すぐやる課だ。ちょっと来い」と拳銃を突きつけ、ビル陰に連れ込み、現金の入ったアタシェケースを奪い、失神するまで叩きのめしてしまうのだ。立派な恐喝、いや拳銃強盗である。

 そのリミッターを外した悪徳刑事の行状に驚愕し、でもこういう強烈な悪役は老人とか女性には優しいんだよな、とハードボイルドの定型を期待しつつ読み進めた。が、渋谷駅の階段踊り場で古雑誌を売るホームレス老人を執拗にいたぶり、「さっさと立ちのけ」と蹴り飛ばし、老人がやっとの思いで集めた週刊誌の山を崩し、踏みつけ、靴底で汚していく底意地の悪い場面に遭遇し、敢え無く轟沈。

 超極悪ダークヒーローとでも形容すべき、その強烈なキャラクターは、高校時代に読んだ『野獣死すべし』(大藪春彦・著)の伊達邦彦以来の衝撃だった。

 ハゲタカこと神宮署の刑事、禿富鷹秋(とくとみたかあき)。階級は警部補で、生活安全課の特捜班員として常に単独行動をとる、コントロール不能な悍馬(かんば)のごときローンウルフである。

 外見も特異で、身長百七十五センチ弱の痩せ形ながら、肩幅が異様に広く、〈キャバレーの、立て看板のよう〉で、手も身体の割にかなり大きく、骨太で逞しい。年齢は三十代後半。〈広い額と薄い眉の下で、引っ込んだ目が洞窟にひそむ猛禽のように、ぎらぎら光っている。細くとがった鼻梁と、一本の線のように結ばれた薄い唇が、酷薄な感じを与える〉

 お世辞にも二枚目とはいえないが、かなりの洒落者で、〈グレイのチェックのスーツに身を包み、ダークグリーンのペイズリのネクタイを締めている〉

 トレンチコートも着こなす、ハンフリー・ボガートもかくやの実にダンディな都会派の刑事なのである。ところがやることは、ひたすらえげつない。

 渋谷の暴力団[渋六興業]に取り入ったハゲタカは、新宿を拠点に縄張りを広げようとする南米マフィア[マスダ]を挑発し、悪知恵と権謀術数の限りを尽くして渡り合う。その言動は常に傲岸不遜で自信に溢れ、躊躇、後悔の類は一切無い。

 普通、暴力団と癒着し、カネを受け取る刑事は卑屈になるものだが、ハゲタカはその逆。愚かなおまえらが生きていけるのは賢いおれのおかげ、とばかりに幹部連中をあごでこき使い、罵声を浴びせ、時に暴力を振るい、下僕のごとく扱う。

 ハゲタカが華々しく(?)登場した『禿鷹の夜』に、[マスダ]が送り込んだ凄腕の殺し屋を捕らえ、渋六の幹部水間と共にリンチを加えるシーンがある。

 ハゲタカの暴力は容赦がない。猛烈なケンカキックに恐れ戦(おのの)いた極道幹部が「その勢いで頭を蹴ったら、死んじまいますよ」と止めに入ると、ハゲタカはこう嘯(うそぶ)く。「頭を蹴られたやつは、蹴ったやつに頭が上がらなくなる」。もう、どっちが極道か判らない。

 実際、水間は、殺しを屁とも思わぬハゲタカのド迫力に、蛇に睨まれた蛙状態である。彼はこう述懐する。

〈極道の世界にはいってずいぶんたつが、禿富のような男に出会ったのは初めてだった。やくざの無鉄砲さや、度胸とかいったものとはまったく無縁の、恐ろしい冷血漢だ〉

 闇社会の悪党に舐められないよう、肩肘張ってクソ度胸やド根性を見せているわけではない。徹頭徹尾、ナチュラルなのである。ハゲタカはストリートファイトでもほぼ無敵だが、空手やボクシングを習得した形跡はない。サバンナのライオンが強いのと同じく、ハゲタカも元々強いのである。

文春文庫
銀弾の森
禿鷹Ⅲ
逢坂剛

定価:1,045円(税込)発売日:2022年12月06日

文春文庫
禿鷹の夜
逢坂剛

定価:979円(税込)発売日:2022年05月10日

文春文庫
無防備都市
禿鷹Ⅱ
逢坂剛

定価:1,111円(税込)発売日:2022年08月03日

文春文庫
禿鷹狩り
禿鷹Ⅳ
逢坂剛

定価:1,375円(税込)発売日:2023年02月07日

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