いやあ、痺れる!
今回、解説を書くにあたり再読したが、やっぱりハゲタカはすごい!
本作は初出から二十年以上経っているが、面白さはかわらない。いや、さまざまなコンプライアンスが叫ばれるいまの時代において、さらに魅力を増している。
じつは、この解説のお話をいただいたとき、お引き受けしていいものかどうか迷った。仰ぎ見る大先輩の傑作を、作家の末席にいる私が解説していいのだろうか、と逡巡した。加えて、このシリーズの面白さやハゲタカの魅力は、すでに刊行されている文庫解説ですべて語られている。いまさら私が出る幕ではないのではないかと思った。しかし、私が作家デビューに至ったのは逢坂氏ともうひとりの大先輩作家、志水辰夫氏のお言葉があったからであり、これもなにかのご縁なのだろうとお引き受けした(これはのちに書かせていただく)。
本編の主人公の禿富鷹秋は、通称ハゲタカと呼ばれる神宮署生活安全特捜班の刑事だ。この男がとんでもない。ヤクザも慄くほど冷酷で暴力的。かと思うと、惚れた女には感情を素直に見せるかわいらしい一面も持っている。小説の視点はすべて、ハゲタカ以外の人物で書かれているため、彼がなにを考えているのかわからない。最初から最後までミステリアスな人物なのだ。
物語は、渋谷を拠点とする暴力団渋六興業と、近年、勢力を増してきた南米マフィアのスダメリカナ、通称マスダの勢力争いを軸に進む。
ハゲタカは渋六興業に取り入り、持ちつ持たれつの関係となる。この時点でハゲタカは渋六側につくのだが、自分が惚れている和香子という女が殺されたことで、マスダが雇った殺し屋ミラグロへの報復を誓う。
先に述べたように、物語はハゲタカの内面が描かれていない。そう言われると「ハゲタカはつかみどころのない人間なのか」と思うかもしれないが、物語を読み進めていくと「これほど信用できる人間はいない」と思えてくる。
以前、なにかの人生相談で「彼を信じていいかわかりません。どうすれば彼の本心がわかりますか」との質問を目にしたことがある。回答者の答えは「言葉ではなくその人の行動を見てください。そうすれば、彼の本心がわかります」というものだった。それを読んだとき「たしかに!」と膝を打ったのだが、その答えを用いるならば、ハゲタカはまさに信用できる人間だ。
ハゲタカは神出鬼没で、あまり多くは語らない。しかし、一度口にしたことは、必ず実行する。誰もが「それは無理だ」と思うことでもやり遂げるのだ。これほど信用できる人間がいるだろうか。ハゲタカに、社会に通底する正義や善といったものはない。あるのは自分の覚悟だけだ。敵に回したら恐ろしいが、味方にすればこれほど力強い者はいない。
ストーリー展開は、冒頭からアップテンポで進む。ひとつの場面の終わりに次の謎が出てきて、読者の読む手を止まらせない。過分な説明がなく削がれた文章はまさにリーダビリティのお手本で、逢坂氏の小説を読むと私はいつも「いつかこんな文章を書いてみたい」と思う。
さて、ここで冒頭に書いた逢坂氏とのご縁を少し書かせていただく。
私が逢坂氏とお会いしたのは、とある小説家講座だった。当時、私は作家を目指しているわけではなく、ひと目作家の方にお会いしたい、との思いで講座に通っていた。
講座は毎月、作家の方と編集者を講師にお迎えして、受講生が書いた作品を講評していただくシステムだった。そしてあるとき、志水辰夫氏と逢坂剛氏が講師としていらっしゃることになった。
いまにして思えば、怖いもの知らずというか無鉄砲というか。それを知った私は「こんなすごい作家の方に自分の文章を読んでもらえる機会なんて二度とない!」と思い、原稿用紙二十枚ほどの作品を提出したのだ。