書評

二つの大切なこと――今あらためて植村直己を語る

文: 湯川 豊

『植村直己・夢の軌跡』 (湯川豊 著)

 もう一つの、先住民に学ぶということはどうしても話しておきたい。明治大学を卒業したのが一九六四年、それから卒業した五月に外国旅行に、世界放浪の旅に出かけて、一九六八年、足かけ五年かけていろんな事をやって帰ってくるんですね。僕が最初に出会ったのが六八年の十一月だったかですが、最後の冒険はアマゾン川六千キロを筏で下るっていう、これもまたとてつもないことを考えついて実際に実行しました。この時なぜ筏に乗ったかというと、要するに船とかボートももちろんありますけれど、先住民たちは筏を川での乗り物にしたわけですね。これが一番結局のところ覚えてしまえば安全ではないか、というふうに彼は考えたんですね。

 それで、世界放浪の時代から、先住民に学ぶっていう姿勢でやってきました。そして実際の冒険になってからは、犬橇はエスキモーから学ぶってことをまず考えたんです。南極に行こうとして。そして操縦の技術だけじゃなくて、極地でどのようにして生き延びるか、その生き延び方を犬橇を動かすということと共にエスキモーに学んでいくんですね。

 これは徹底していました、本当に。最初は生肉、凍った生肉を食べる、とても食えたもんじゃないというところからそれを克服し、これを食べることができなければ自分はエスキモーと一緒に暮らす資格がないと思って、そういう思い方をして生肉を食べます。食べてだんだんエスキモーの人達に溶け込んでいく、溶け込んでいってそこで初めて生活の仕方、生き方、マイナス何十度の世界にどうやって生き延びていくか、様々な方法を学ぶことができた。

 こういうことをした冒険家はヨーロッパには、あるいはアメリカにはほとんどいません。彼らは自分らが持っている科学的な力というものをもとにして、チームを組んで極地法という冒険の仕方を考えて、それでチームで北極点に到達する、というのをやるわけですね。エベレストも今は単独で登る人もいますけれど、最初の頃は全部チームでエベレスト征服をやったんです。つまり、自然を征服するという西洋型の考え方です。

 ところが植村のエスキモーに学んだことは、共に生きる共生型、自然の中に、自然と共に生きて、そして冒険というものを達成する。そういうやり方は同時代の冒険家の中で際立っていた、というよりも、実際にやったのは植村ただ一人といっていいと思います。

 そのことに関連していうと、今になってみれば、自然と共生して生きるという彼の発想が全人類の課題となっている。地球がおかしくなっている、ということから共生感覚というものが、自然と共生していくことが課題になっています。

 一九七〇年でそれを考え、それを実践するということは、並たいていのことではなくて、すごい先見性だというふうにいえると思います。植村さんはそういうことを大げさにはいわなかったけれど、ただ黙々と今のようなやり方を実行していった。

 そのことは、今になってみれば、どれくらい強調してもし過ぎるものではないし、今だからこそ植村さんのやった意味というものを、その先見性という視点からもう一度考えてみる必要があると思います。

 単独であること、単独であるということがあらゆる行動の最終的な基準としてあるということ。それから先住民に学ぶ、生きるということをその土地にいる人たちに学んでいくということ。この二つのことで、植村さんという人は本当に時代の先駆者であったな、と今つくづく思うのです。

 ちょうど時間が来ましたので、私のつたない話はここで終わりにします。

(二〇一五年十一月二十二日に開催された、豊岡市主催、明治大学共催の「日本冒険」フォーラムの基調講演「今あらためて植村直己を語る」に加筆したものです。)

植村直己・夢の軌跡
湯川豊・著

定価:本体750円+税 発売日:2017年01月05日

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