書くのが苦手なだけなら、まだいい。じつを言うと私は、フィクションを読むのも苦手である。学生時代は読んでいたのだが、エッセイや科学絵本の執筆を仕事にするようになってからは、小説を読む時間があったら資料や図鑑に目を通せる、と考えるようになった。
したがって私は、高橋克彦氏と同じ岩手に住み、折に触れてお目にかかって言葉を交わす機会もあるという、ファンの方から見たら垂涎ものの立場にいながら、氏の作品をほとんど……直木賞を獲られた『緋い記憶』以外は、読んでいなかったのである。
高橋氏と同席するときには、(読んでいません、ごめんなさい)と、申し訳ない気持ちにならないでもなかった。が、それもやがてご本人の知るところとなり、その作品を原作とした舞台を、地元のもの書き仲間で揃って鑑賞したあとなどには、
「あー、たまみくんは僕の原作を読んでいないから、よく意味の分からないところがあっただろう」
なんて言われるようになった。
私はいつしか、読んでいないことを申し訳なくすら思わなくなり、「事実は小説より奇なり」と信じて疑わぬ小説を読まない女として、開き直りを決め込んでいた。
そんな私に、転機が訪れた。平成二十五年暮れの盛岡文士劇に、端役で出演することになったのだ。十月、十一月の二か月間、週に三回もの稽古があり、そのうち二回には高橋氏も参加するという。
せっかく頻繁にお目にかかるのに、ろくに話題もないのは残念である。そこで私は稽古が始まる前に、せめて一冊だけでも氏の作品を読んでおこうと決めた。
迷った末に選んだのが、何を隠そうこの『幻日』である。内容紹介に、はっきりと「自伝的連作集」と記されていて、これならフィクションの苦手な私にも読みやすそうだ、と考えたのだ。
しかし私は、筋金入りの現実主義者であると同時に、極めつけの怠け者でもある。『幻日』を買うと、それだけですっかり安心し、すぐには読まないうちに、文士劇出演者の顔合わせの日を迎えてしまった。
「今日はたまみくんにプレゼントがある」
高橋氏が私を呼び止めたのは、本格的な稽古が始まって間もなくのある日だった。
「君が小説を読まないのは知っている。けれど、この本なら大丈夫なはずだ」
私はハッとした。もしやこの本とは……。
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