- 2015.12.19
- インタビュー・対談
手紙こそ親から受け取る素晴らしい財産――千住真理子さんインタビュー(後編)
「本の話」編集部
『千住家、母娘の往復書簡 母のがん、心臓病を乗り越えて』 (千住真理子・千住文子 著)
ジャンル :
#ノンフィクション
コンクールでも人を蹴落とす気持ちを持たない、の真意
――ボランティアをされたり、そういった千住さんの生きる姿勢というのは、やはりご両親の影響が強いのでしょうか?
千住 私たち子どもに対しても、生き方においても、もう純粋を絵にかいたような両親でした。だから反発した時期があったんです。たとえば父が努力こそが全てだと、何があってもどんな時代になっても努力を忘れずにみたいな事を言い続けて、ある時期まで私はそうやっていたけれども、二十歳の頃、挫折をしたことがあった。その時に、努力じゃどうにもならないことが世の中にはあるじゃない、と思ったわけですよ。大人の社会にはなんだか分からないけれども、あんまりきれいじゃないような人間関係もあるじゃない、努力だけじゃ済まないわよ、と心の中で反発した時期があった。それでも父は努力努力、と言い続けて。私たち3兄妹はそのとき、学者(父)っていうのはこんなに純粋なものなんだねって、ある意味ばかにしながら言った時期もあったわけ。でも、そこを乗り越えていま思うと、父が「努力」と言って貫く姿は人間として正しかったと思います。
そんな父を母は尊敬していましたから。父は何があっても、たとえばコンクールであっても人を蹴落とすような気持ちを持ってはいけないと言うんですよ。でも学生時代の私にとっては、1位になろうと思ったときにライバル達よりも上手く弾きたい、蹴落としたい、という気持ちがある。そんな私の気持ちを父は見抜いたときにものすごい怒って、「真理子はコンクール受けるのをやめなさい」と言った。「じゃあコンクールで負けてほしいの?」とものすごく父に反発しましたね。でも今は、本当に父の言う通りだと思うんですよ。音楽以外のことは私には分からないけど、音楽とか芸術は少なくとも、父の言う通りだと思います。人間が出ますからね。例えばとげとげした部分が音楽に出たら、音楽でさえね、人を傷つけることがあると思う。どんな音楽であっても傷つけないということはない。人を傷つけない音楽をやるためには、人を傷つけない心を持ってないといけないと思うんですね。だから、両親の言う通りだったなと思います。
一番いい演奏と私が思っているのは、ステージに出てみなさんの前に出て、自分を表現するのではなくて、みなさんの前に出たときに、みなさんの空気を吸い取って、みなさんが奏でる音楽が私から出ていくような、そういう気持ちになれたときに、一番いい音楽ができるんです。だから、ボランティアの場で学ぶことは多いわけです。
――最後に、読者へのメッセージとしては何かありますか?
千住 一番のメッセージは、親と手紙を交換してほしいですね。やる前はみなさん絶対に照れがあるけれども、絶対にやってみてよ! と思います。親ほど本当のことを書いてくれる人はいない。いいときにも悪いときにも。手紙こそ本当に親から受け取る素晴らしい財産だと思いますね。親もまた言いたいけど言えないということもあるし、あるいは言ってるんだろうけど子どもがなかなかそれを受け取らないということもあるし。意外と親子って意思の疎通が難しいんだなぁと。友達だったらもっと素直にお互いに聞き入れることも、親子だとなかなか聞き入れないということもあって。だからこそ手紙っていいなと思います。
――博さんが、真理子さんは3兄妹の中でもお母さまと一番本気になって喧嘩していたから、どろどろした手紙になるんじゃないかと少し心配してた、と解説で書いていらっしゃいましたが?
千住 そうですそうです(笑)。周りから見たらただの喧嘩としか思えないような空気が随分とありました。特に音楽の話をするときはものすごく真剣だからこそ、言葉も荒くなったりしてね。でも、それが終わると次の瞬間にはすぐ仲良くなって何食わぬ顔して一緒にお茶を飲んでる、ということがよくあった。そういう親子でした。
写真提供:千住真理子
-
『皇后は闘うことにした』林真理子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/29~2024/12/06 賞品 『皇后は闘うことにした』林真理子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。