「ホリーさん、いらしたようですよ」
と窓から外を眺めながら宇城が言う。
空が青い。
ソファに坐っていると、冬晴れの澄んだ空だけが見える。
今日、鏡味が連れてくるのは國崎真実という新人作家。
軽いとはいえ、二度目の脳梗塞を起こしてからというもの、足の動きがすっかりおかしくなってしまい、立っているだけでもよろめく。歩きだしても、よちよち、よろよろと情けないほど思うようにならない。すると途端に生活が不自由になった。至る所に手摺りをつけてみたものの、なにしろ、この家は無駄に広い。歩くだけでめんどくさい。かといって宇城一人にあれもこれも押しつけるわけにはいかないから困ったと鏡味に相談すると、一人アシスタントを寄越すという。鏡味には最近また五百万貸したばかりだから、そのくらいのことをしてもらっても罰(ばち)はあたるまいと、頼むことにした。
「どんな子」
と訊くと、宇城が窓から離れ、
「平凡な子」
と答えた。
「とても小説家には見えない」
と付け加えた。
「まともそう」
とも付け足した。
「鏡味さんが女衒(ぜげん)で、娼館に売られてきた田舎娘(いなかむすめ)みたい」
チャイムが鳴って宇城がすぐに玄関へ駆けだしていった。ばたばたと、身体を左右に激しく動かしてみっともない。階段を駆け下りたり、歩く時の音がやかましいのは宇城の特徴だ。音だけ聞いているとどれだけデブなんだと思うが宇城はデブではない。むしろ痩せている。ということは、運動神経が鈍いのかもしれない。おまけに扉は開け放しだ。いくら急いでいるからといって、扉を閉めるという、ただそれだけのことをなぜしない。
うっすらと鏡味と宇城の声が交互に聞こえてくる。
國崎真実という娘の声は聞こえない。
宇城がローストしている最中のチキンの匂いがほのかに漂ってくる。すると途端にワインセラーが頭に浮かんだ。どのワインを抜こうか。重めの赤がいい。どうせ鏡味も食べていくだろうし。普段の食事は宇城と二人だけ。入院中はさすがに一人だったが、退院してきてからはじきに日常が戻った。つまり宇城のいる日常。
宇城もうちへ来てずいぶんになる。もともとは秘書として雇ったのだったが、いつのまにか小説の仕事をしなくなってしまったので、近頃ではほとんど家政婦のよう。別段宇城はそれで構わない様子。なら、いっそここへ住んでくれたらいいのに、と提案するものの、それは嫌だと突っぱねる。だってホリーさんと暮らすんじゃ、あんまり消耗が激しすぎますよ、やっぱりね、時間を決めて一人にならないとエネルギーのチャージができない、などと言う。