それから半月後、宇城はほとんど身一つでうちにやって来たのである。
住み込みで働くのは嫌だというから、近くのマンションを借りてやった。
宇城ははじめっから有能だった。亭主が出ていってからというもの、混乱の極みにあった雑事が一気に片づいた。引き受ける仕事と断る仕事の勘所もよかった。二次使用に関する諸々の打ち合わせは、すべて一人でこなしてくれた。キャラクターグッズの売り上げが伸びたのは宇城が関わって以降のことだ。メーカーからも信頼された。家までたびたび訪ねてくる妙ちきりんなファンの扱いもうまかった。なにからなにまで宇城任せになっていった。
まるで天職だね、と言うと、宇城は不思議そうな顔で、だからここへ呼んだんでしょう、と訊く。ちがうんですか、ホリーさん。
なんのことだい。
すると宇城が言う。
あたしの本当の人生がここにあるってホリーさん、あの時あたしにそう仰(おっしゃ)ったじゃないですか。
そんなこと、言ったっけね?
微塵も憶えていないがきっと言ったのだろう。
なにはともあれ、宇城のおかげでずいぶん楽をさせてもらっているのはたしかだ。
じつに正しいスカウトだった。
あなたの本当の人生は。
ホリーさんがその言葉をつぶやく時、ホリーさんは少しトランス状態にあるのかもしれない。
はじめてそれを言われた時、どれほど驚いたことか。
市民会館の事務員として、十年ちょっとのキャリアだった。公務員だから立場は安定していたし、とくに難しい仕事でもないし、人間関係も和気藹々(わきあいあい)というほどではないにせよ、これといったトラブルもなく、給料もまずまずだったから別段不満は感じていなかった。父はすでに亡く、母は、その前年、再婚して家を出ていた。老いらくの恋とでもいったらいいのか。再婚にあたって、兄と揉め、まるで十代の家出娘よろしく出奔してしまったのである。すると怒った兄も、どういう理由からなのかは不明だが、家を出ていってしまった。兄は農協の職員で、バツイチだった。兄もいなくなって半年以上経ち、家をどうしようかと考えていた矢先にホリーさんと出会ったのだった。家をどうする、といっても借家ではあったが。しかしながら成り行きなのか往時の約束でもあったのか、一軒家にしては破格の家賃なのだった。
冒頭部分を抜粋
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