2014.12.11 書評

文(ふみ) 一人静の生涯
松陰の妹・久坂玄瑞の妻の生き方

文: 古川 薫

『花冠の志士 小説久坂玄瑞』 (古川薫 著)

 幕末に激動をはじめた長州藩の城下町・萩の郊外松本村で文(ふみ)は天保14年(1843)下級武士・杉家の三女として生まれた。

 文がやがて夫となる久坂玄瑞(くさか・げんずい)と初めて会ったのは、数え年15歳の安政4年(1857)5月である。実家の杉家で幽囚の身となっている兄吉田松陰を、玄瑞が訪ねてきたのだ。

 松陰は密航未遂の罪で幕府に捕えられ、江戸から萩に護送されて野山獄に入牢、前年暮れに仮釈放されて実家に帰っていた。松陰の高い学識はひろく知られており、大勢の人が訪ねてきたが、玄瑞もその一人である。過激な攘夷論をとなえる彼が、米使ハリスを斬ると騒ぐのを空論と批判する松陰と激しい論争のすえ屈伏した経緯は書面のやりとりで、二人が会うのはこれが最初だった。

 藩医の久坂家を継いだ玄瑞は、しきたりで頭を丸めている。両刀を帯びることは許されていた。18歳の玄瑞が松陰の前にはじめて姿をあらわしたときがその姿だった。

 美僧を思わせる色白の秀麗な面立の6尺(1.8m)近い大男である。血の気の多い若者だったが、一面では冷静沈着な判断力もそなえ、学問・詩文にも秀でていた。

 同門の吉田栄太郎は、裃を着た坊主頭の絵をかいて「これは廟堂に坐らせておくと堂々たる政治家だ」と玄瑞を高く評価した。

 また高杉晋作は離れ牛の絵にして「これはなかなか駕御(がぎょ)できない人である」とした。よく言いあてた話だが、この2人が松下村塾の双璧とされ、彼らの生き方は微妙にちがった方向をたどる。晋作は暴れまくりながらも、慎重な道をえらび、与えられた役割を確実に果たして維新の黎明をみる前に病死している。

 聡明な器量人といわれた玄瑞は、過激な尊攘志士として直進した。下関海峡を通過しようとする外国船砲撃の第一弾を発射して、いわゆる馬関攘夷戦の口火をきったのも玄瑞だった。

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花冠の志士 小説久坂玄瑞
古川薫・著

定価:本体660円+税 発売日:2014年09月02日

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