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すれすれとぎりぎり<br />赤瀬川さんや新解さんのこと(前編)

すれすれとぎりぎり
赤瀬川さんや新解さんのこと(前編)

文:鈴木 眞紀子 (「新明解国語辞典の謎」(「文藝春秋」連載)担当編集者・新解さん友の会会長)

『新解さんの謎』 (赤瀬川原平 著)


ジャンル : #随筆・エッセイ

生意気・やぼよう・のろけるに見る新解さんの主張

 赤瀬川さんのご執筆の資料にしていただこうと、語釈・用例の面白いものを抜き書きしました。そして、ところどころ自分の感想を一行付けた「報告書」を作ってお送りしました。新明解国語辞典を一冊ぽんとお送りしても、それはただの辞書に過ぎない。

「これは面白い辞書ですよ、それではどうぞよろしくお願い致します」と、いくら丁寧に言っても乱暴なことだ。赤瀬川さんは、お困りになる。赤瀬川さんがお困りになると、わたしは困る。そうならないために、せっせと資料を作りました。

 お原稿にお使いになったものもあるし、

「あはは」

 と、お笑いになったけれどお使いにならなかったものもある。今、わたしの手元に「SM報告基礎編」というものがあるので、「赤瀬川さんがご覧になったけれど、お使いにならなかった良い物件」を、当時のわたしの感想もそのままにご紹介したいと思います。使っている新明解国語辞典は四版です。

ぶす
〔付子を食ったような顔、の意〕美しいとは義理にも言いかねる容貌(の女性)。

 →義理で言わなくてよし

 そうですね、こういう項目って確かにある。そして引く人も必ずいる。他人に聞くと気まずいものは、辞書を引くというのは王道ですね。辞書には履歴は残らないしね。

 今、「義理」を四版で見てみました。

義理
(一)自身の利害にかかわりなく、人として行うべき道。特に、交際上、いやでも他人に対してしなければならないこと。

 そうですか、なんだちゃんとわかっているではないですか。それでも「美しい」とは言いたくないのですね。それなら「いつもお元気そうで」とでも、言ったらどうか。

シャム猫
高級な愛玩用の猫。目は青く、からだはクリーム色、顔・耳・尾は黒茶色。子猫はまっ白。

 →なぜ、ここまでくわしく伝えたいのか

 それは、新解さんがシャム猫を子猫の時から飼っているからに決まっている。

自宅
〔寄宿舎・寮・店などと違って〕自分の家族と共にくつろぐための家。

 →この一行にとても深い真理がある

今朝
話をしている、その日の朝。

 →誰と誰が一体話をしているというのか

けし
庭・畑に栽培される一、二年草。葉は白っぽく、五月ごろ、紅・紫・白色などの四弁の大きな花を開き、散りやすい。種は非常に小さく、あんパンなどに載せる。未熟な実の乳液から「あへん」をとる。

 →これでけしの全てがわかりました

化粧
(人に見られて恥ずかしくないように)ファンデーション・口紅などを付けて、顔を美しく見せるようにすること。

 →しないと恥ずかしい顔か?

生意気
(二)ちょっとした知識をひけらかしたりまわりが黙っているのをいい事にして勝手な事を言ったりするので、機会があれば懲らしめてやりたい感じだ。

 →そうとう怒っている

やぼよう
〔研究・仕事とか趣味・遊びのように、それなりに有意義な用向きと違って〕この世のつきあいの上から果たさねばならぬ用事。法事に出席するなど。〔明言を避ける目的で「ごくつまらない用事」とえんきょくに言う場合にも用いられる〕

 →法事はやぼ用と言っておられる

 しかも、法事は有意義な用向きとは違う、と明言している。辞書なのに。

 新解さんの大きな特徴としてカッコの中に、自分の主張を自由に発表してしまっている、ということがあります。本人としては、(ほんの)少し遠慮しているのかもしれませんが、カッコの中は、透明だから全然隠れていないで、全部はっきり伝わっている。そんなカッコ付き物件も見て下さい。

よりどころ
(二)そのものを支えており、それが無くなればそのもの自身の成立が危うくなるもの。「生活の――・心の――〔=生きて行く上に必要な、心の支え。具体的には、生きがいを与えるものとしての宗教・愛人・家庭・研究や、自分を高めるための将来の目標などを指す〕」

 どうです、これは。うなりますよ。この順序もすごい。これが辞書を引いた人、全てにあてはまる心のよりどころ、とは思いませんが、見事なものです。同じような、カッコ付き物件で、ぜひ見ていただきたいのは、これです。

のろける
妻・(夫・愛人)との間にあった(つまらない)事を他人にうれしそうに話す。

 そうですよ、こわい顔してのろける人は変態だ。新解さんは、自分がこのようにして他人にのろけた、というよりも、他人から「うれしそうに」話しをされて、それを(つまらない)事なのに、と思ったということだ。実体験なしでは、こうも正確に描写はできない。そしてみなさんもおわかりのように、新解さんは愛人というものの存在を、決して無いものとはしていない。本当に懐の深さを感じます。

【次ページ】文豪から神様へ

新解さんの謎
赤瀬川原平・著

定価:本体550円+税 発売日:1999年04月09日

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