特集

すれすれとぎりぎり
赤瀬川さんや新解さんのこと(前編)

文: 鈴木 眞紀子 (「新明解国語辞典の謎」(「文藝春秋」連載)担当編集者・新解さん友の会会長)

『新解さんの謎』 (赤瀬川原平 著)

文豪から神様へ

 こうしてお書きいただいた「フシギなフシギな辞書の世界」は、八頁で掲載され、本当に思いがけないことでしたが、大きな反響があり、それならば、ということで、再度ご執筆いただきました。二回めの掲載は平成五年三月号で、この時のタイトルは、「新明解国語辞典の謎」でした。使われている写真は、キリギリス、西郷隆盛、新明解国語辞典、そして赤瀬川さんで、今度は考え事をしているというよりも、楽しいものを見つけた時のようなお顔だ。

「文藝春秋」平成五年三月号より

 この号の目次も見ていますが、一緒に載っているのが、「平成皇室の新しい風」「娘・雅子が決意した日」「皇太子殿下の結婚観」「りえ・貴破局 貴ノ花変心の真の理由」「第108回芥川賞受賞作 犬婿入り」、そして「プロ野球を10倍面白くする法 川上哲治」もある。あれ、赤瀬川さん、前回は広岡さんとお隣りで、この時は川上さんでしたか。ご縁がありましたね。でもなんでしょうか、この組み合わせは。そうか雅子様が皇太子妃にお決まりになった頃だったのですね。ご両親の手記をお読みになろうと「文藝春秋」を手に取って下さった方が、はからずも新明解国語辞典の謎にも触れてしまったわけで、それは取り合せの妙というか、芸術的な気がします。

『新解さんの謎』で出てくるSMという女(虚像)が、赤瀬川さんのことを「文豪」と呼んでいますが、その頃わたしも同じように赤瀬川さんのことを「文豪」とお呼びしていました。

 普通、編集者は作者を尊敬するものです。尊敬の念の現われとして、「○○先生」とお呼びしたりする。社風として、うんと尊敬していても心を込めて「○○さん」とお呼びしていることもある。わたしの場合は、なにしろ高校二年生の時からずっと面白くて、好きだった方ですので、「赤瀬川さん」などとはもったいなくて、お呼びできなかった。かといって仕事の時に、「赤瀬川様」とは言わない。それは変。じゃあ「赤瀬川先生」ならいいか、といえば、それでも足りない。じゃあ先生より上は何かな、と思って「あ、文豪ならいいんじゃないの」と思い、尊敬の気持ちを込めて、「文豪」とお呼びしていました。

 ですが、『新解さんの謎』が世の中に出て、たくさん売れて、たくさんの方に新解さんの面白さが伝わって行った時、わたしは「あれ、赤瀬川さんは、本当にすごいな。わたしが、ただ好きでずっと面白がっていたことを、こんなにわかりやすく面白く書いて下さった。『文藝春秋』の編集部に異動していなかったら、これも表に出なかったことだ。なんていうタイミングだったろう。路上観察にしても、今まであった風景が、赤瀬川さんがぽんと触ると、前とはもう全然違ってしまう。もう元には戻らない。これは、すごいことだ。人間業とは思えない」という考えに至りました。

「そうだな」

 と、ある時思い、わたしは

「あの赤瀬川さんて、文豪じゃなくてもしかしたら神様ですか」

 と、お尋ねしてみました。大切な事は、ちゃんと言葉にしてご本人に確かめなければなりません。

「あ、そうかも。思い当る節はある」

 と、おっしゃったので、ああやっぱりね、と思いました。

 赤瀬川さんにお電話する時は、だいたい二時過ぎが多かった。お食事が一時から二時くらい、とうかがっていたので、もしご在宅なら、この時間だと一番お邪魔にならないかもと思っていました。

「はい」

 電話をお取りになると、まずこの低くて響く声で、そうおっしゃる。

「もしもし、神ですか」

 そうすると、「あ」という気配が一秒くらいして、

「そうですよ」

「人間です」

「ああ、人間ね」

 この会話はどこも間違っていない。最後の「ね」のところは、半分優しく溶けて笑った感じ。どうなさっているかなあと思うと、時々お邪魔にならない程度にお電話しました。手紙も書きました。本能というと、食欲・性欲・睡眠欲というのが有名ですけれど、これだけでもないと思いますよ。大事だな、すてきだな、と思っている人と、なんとか近くにいたい。近くにいると楽しいな、嬉しいな、という感じがする。近付き健康法というか、近付き幸福術というか、そういう感じがします。二〇一二年一月に新明解国語辞典の七版が出た時も、わたしは電話しました。

「(七版は)どうですか」

 と、お尋ねくださったので、

「とてもいいです。活字も大きくなって引きやすいです」

「そう、それならぼくも使ってみよう」

 と、おっしゃいました。赤瀬川さんは、二〇一〇年に胃がんが見つかり、全摘手術をなさった。食事を少しずつ、何回かに分けてなさっている、とおっしゃっていた。少しいろいろおしゃべりをさせていただき、電話を切る前に、わたしがいつものように、

「またお目にかからせて下さい」

 と、申し上げると、

「……」

 と、いう感じの空白があって、

「今は……」

 と、困ったようにおっしゃいました。もう、神は真面目だからなあ。そうですよ、わかっていますよ。

「あの、お元気になられてから、しばらく時間たってから、またお目にかからせて下さい」

 と申し上げると、やっとご安心なさったように、

「ああね、はい」

 と、おっしゃった。電話でやり取りさせていただいたのは、これが最後だったと思います。その後、お葉書をいただき「七版を使っていて、使いやすい」とありました。

後編に続く)

新解さんの謎
赤瀬川原平・著

定価:本体550円+税 発売日:1999年04月09日

詳しい内容はこちら


 こちらもおすすめ
特集すれすれとぎりぎり 赤瀬川さんや新解さんのこと(後編)(2014.12.24)
文春写真館時代の要求を先取りして人を魅了し続けた赤瀬川原平(2014.11.25)
書評辞書に秘められた興奮と切なさ(2014.03.06)
書評『ゆで卵の丸かじり』解説(2014.08.23)
書評ありし日の東京の姿を伝える建物  復刊にあたって、あとがきのあとがき(2014.09.28)