書評

愛すべき「風」の物語――吹奏楽にかける熱い青春

文: オザワ部長 (吹奏楽作家)

『屋上のウインドノーツ』(額賀澪 著)

 少々クセのあるユニークなメンバー(どこの学校であっても、なぜか吹奏楽部には個性的でちょっと変わり者のメンバーが集ってくるのです)が、ときにぶつかり合い、ときに失敗や挫折を繰り返しながら、コンクールに向かって音と気持ちをひとつに重ね合わせていきます。『屋上のウインドノーツ』では、その過程や空気感が実に生き生きと描かれています。吹奏楽経験者は自分自身の記憶とだぶらせて読み、経験のない人でも志音とともに吹奏楽部に入部したような気持ちで、独特の「ブラバン」文化や部活の日々を追体験することができるでしょう。

 大志や志音たち行方第一高校吹奏楽部がコンクールの自由曲(B部門には課題曲はなく、自由曲だけを演奏する)に選んだのは、アメリカの作曲家であるジェームズ・スウェアリンジェンが作曲した《シーゲート序曲》です。

 スウェアリンジェンは《インヴィクタ序曲》や《狂詩曲ノヴェナ》など、印象的なメロディを持つ快活な曲で知られています。本書の中でも語られているとおり、《シーゲート序曲》も含めて演奏の難易度があまり高くない教育的な作品が多いですが、それを突き詰めて精度と表現力の高い演奏に仕上げていくことも可能です。そして、大志の発案によって行方第一高校はそれにチャレンジします。

 ちなみに、《シーゲート序曲》はかつて吹奏楽少女だった額賀澪さんにとって、演奏経験のある思い出の曲だそうです(当時は志音と同じパーカッション担当だったとのこと)。「シーゲート」とは文字どおり「海の門」のこと。海へとつながる港がある米オハイオ州トレドでオハイオ州音楽教育者協会の総会が開かれるのに際して作曲された作品です。「海の門」という曲名は、人生という大海原への船出を控えた高校生たちの物語にはうってつけ。また、「序曲」も、もともとはオペラなどの冒頭にその幕開けを告げる予告編的に演奏されていた音楽であり、現在では独立して作曲・演奏されることが多いですが、これまた物語に合っています。

 額賀澪さんがそこまで意識して選曲したかはともかく、行方第一高校にとっても、『屋上のウインドノーツ』にとっても、これ以上にないベストな曲だったといえるでしょう。《シーゲート序曲》は、誰にでも聴きやすく、乗れる曲なので、まだ聴いたことがないという方はぜひCDや音楽配信サービスなどでご一聴ください(実は、オザワ部長はこの原稿を《シーゲート序曲》をひたすらリピートしながら書いています)。現役吹奏楽部員の皆さん、楽団に所属している皆さんはコンサートなどの曲目に入れてみてはいかがでしょうか。音楽に触れることで、この『屋上のウインドノーツ』の物語、そして、大志や志音といった登場人物たちの思いがより深く感じられることでしょう。

 大志たち行方第一高校吹奏楽部は、東日本大会出場という目標を達成することができず、茨城県大会で「ダメ金」に終わります。

 結果発表の後で、必死に感情をこらえようとしながらも、悔し涙を流さずにはいられない部員たちの姿は心に迫るものがあります。オザワ部長にとっては、自分自身が経験したコンクールと、取材を通じて見てきた数々のコンクールでの高校生たちの姿が思い出されて胸が熱くなりました。

 コンクールに出場する高校生たちは最上位大会を目指していますし、その目標を達成できる学校はごくわずかです。しかし、大志たちのように予選で涙をのんだ者たちには悔しさや敗北感、失敗体験しか残らないかというとそんなことはありません。

 本書にはこんな一節があります。

 

「俺さ、今日、確かに、何かを踏み越えられたよ」

 全部、大事だった。後悔も悲しみも、悔しさも。そしてこの気持ちに、何一つ、間違いなんてないんだ。

 

 本当に素敵な文章です。多くの吹奏楽部員がコンクールを経て到達する(到達してほしい)のがこの境地であり、だからこそ、コンクールには長い時間をかけて本気で取り組む価値があります。人目もはばからずに号泣できるのは、本気で吹奏楽に、部活に取り組んできたという証です。

 そして、物語の冒頭ではあれほど不器用だった大志と志音が、コンクールを通じて大きく成長していきます。特に、その後の志音の変貌ぶりには目をみはるものがあります。この主人公二人については、淡い恋愛のシーンも描かれてはいますが、あくまで爽やかなものにとどめられているところも非常に好感が持てます。

 

 吹奏楽という「風」に乗り、真っ青な空に向かってどこまでも上昇していくような青春物語――『屋上のウインドノーツ』とそれを生み出した額賀澪さんにブラボー!

屋上のウインドノーツ額賀澪

定価:本体740円+税発売日:2017年06月08日


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