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我々は、彼に騙されたのか、騙されたかったのか……

我々は、彼に騙されたのか、騙されたかったのか……

文:山内 昌之 ,文:片山 杜秀 ,文:山崎 元

『ペテン師と天才 佐村河内事件の全貌』 (神山典士 著)

出典 : #文藝春秋

なぜ交響曲だったのか

片山 佐村河内氏が“ペテン”の舞台として選んだクラシックの市場は小さい。たとえ騙せても、利益も栄誉もたかが知れています。もしも「NHKスペシャル」で取り上げられなかったらどうなっていたか。なのに、新垣氏に200万円もの報酬で交響曲を依頼した。交響曲ではふつう儲かりません。まともなペテン師の発想ではない。それでもわざわざやるのだから、もっと別の内面的欲求があるはずです。尋常ではない。でも、本書はそのあたりへの想像力が不足しているのではないでしょうか。

山崎 確かに、なぜ佐村河内氏がそこまでして交響曲にこだわって、障害者を利用したり、五木寛之氏らを担ぎ出してきたりしてまで有名になろうとしたのか。そのモチベーションについて、本書ではわからない点が物足りませんね。

片山 故郷の広島の県民性から説明されたりはしますが。表層的です。

山崎 ビジネスの世界の文脈で考えると、果たして彼のどこを批判すべきかと考えてしまいます。たとえば、スティーブ・ジョブズはプログラミングが出来なかったけれど、優秀な技術者を使ってコンピューターやiPhoneといった革新的な製品を生み出したわけですよ。佐村河内氏も、彼が折れ線グラフと「不協和音と機能調性の音楽的調和」などと詳細に書かれた例の「指示書」で、曲の構成や調子を指示することで、曲が出来たことは間違いない。新垣氏との関係は、あるところまで、いわゆる“ウィン・ウィン”です。嘘に嘘を塗り固めてやりすぎたわけですが。

「不憫な子」を探す

片山 しかしあの交響曲は革新的製品ではないですから。まあまあくらいのものです。佐村河内氏を“ペテン師”、新垣氏を“天才”と対置する本書の構造そのものが、一面的なのかもしれません。新垣氏の音楽家としての本領は現代音楽で、ゴースト作品は既成のスタイルによる職人仕事の産物です。そこに、さきほど山内さんが言われた、佐村河内氏のプロデューサーとしての天才性が、バブリーな付加価値を付けたから初めて売れたとも言える。でも、いくら天才でもクラシックを売るのには限界がある。そこから先の主役はメディアという怪物なんですね。

山内 その点、佐村河内氏の詐話を肥大化させた「NHKスペシャル」の責任は的確に描いていると思います。佐村河内氏の強い物語を作るため、被災地の「不憫な子」を探したりしたディレクターら番組スタッフの個人、局という組織の責任ですよね。佐村河内氏の嘘を本当に見抜けなかったのでしょうか。だいたい壁に向かってガンガン頭を打ち付け、“こうすればインスピレーションが湧く”という言動に、素直に疑問を感じないあたりの感性が恐ろしい。私はあの痛そうなガンガンを見たときにもう怪しいと思った(笑)。

山崎 NHKにせよ、CDを売った日本コロムビアにせよ、結局は騙されたかったのではないかと思います。金融などの世界でもそうですが、人は自分が信じたいものに簡単に騙されます。儲かりそうな話にはすぐに飛びつくメディアの問題としても考えるべきでしょうね。

単行本
ペテン師と天才
佐村河内事件の全貌
神山典士

定価:1,650円(税込)発売日:2014年12月12日

電子書籍
ペテン師と天才
佐村河内事件の全貌
神山典士

発売日:2015年01月23日

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