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トランプ大統領出現を40年前に「予言」した書

トランプ大統領出現を40年前に「予言」した書

文:小松実盛 (小松左京ライブラリ)

『アメリカの壁』(小松左京 著)


ジャンル : #小説

『アメリカの壁』(小松左京 著)

 短編集『アメリカの壁』には、シミュレーション小説の表題作「アメリカの壁」をはじめ、ミイラ化しながらも現代まで眠り続ける古代マヤ人の秘密に迫る「眠りと旅と夢」、不可思議な事件に挑む大杉探偵シリーズ二作、そして、女性をテーマに一九七一年から書き続けた女シリーズの最終作「ハイネックの女」など、バラエティにとんだ六編が収録されています。

 各作品の紹介の前に、この短編集そのものの特徴をお話しさせていただきます。

 短編集を組む場合、ホラーばかりを集めたり、あるいはコミカルな作品を集めたりと、テーマを決めて組まれる場合もありますが、本短編集『アメリカの壁』は、一九七七年から一九七八年に執筆していた当時の最新作を集めています。そのため、この時代における小松左京作品の様々なテイストを味わえるものになりました。

 ジュラ紀の地層から見つかる恐竜やアンモナイトといった化石からその時代の生物の生態が判るように、この短編集からは、一九七七年から一九七八年にかけての小松左京の創作活動の実態が浮き彫りになります。

 父、小松左京にとってこの頃は、一九七〇年の大阪万博のプロデュースを終え、社会現象にまでなった一九七三年の『日本沈没』の大ブームも落ち着き、比較的穏やかな時代でした。とはいえ、専門誌である「SFマガジン」でのSF作品、「週刊小説」「オール讀物」といった中間小説誌での娯楽作品、また「小説推理」でのミステリ風作品と、同時進行で次々に発表していました。またほぼ同時期、角川書店の「野性時代」では、後に短編集「ゴルディアスの結び目」にまとめられる連載、さらに朝日新聞では「こちらニッポン…」の連載をしていました。

 発表媒体ごとに読者の好みも異なるものです。それ故に、この時期に執筆されたものを集めた短編集の作品も、様々なテイストの集合体となりました。

 小松左京の作品をあまり知らずに、表題作「アメリカの壁」を読んでから他の作品を読み進めると、いったいどういう作品集かと少し戸惑われるかもしれませんが、このような事情であったことをご理解いただければと思います。

 また、この短編集でお読みになった中で、好みにあったものがあれば、それらに関連した小松左京作品も体験していただければ幸いです。

「アメリカの壁」
 本短編集の表題ともなった「アメリカの壁」は、「SFマガジン」一九七七年七月号に掲載されました。ジャンルでいえば、現実世界にとてつもない出来事が起こるさまをリアルに描きだす、シミュレーション的要素の強い作品群の一つです(政治的な動向に重点を置いているためポリティカルフィクションともいえます)。

 超大国アメリカが白い霧の壁に完全に覆われ、外部との接触が一切不可能になる話であり、アメリカを世界から完全に遮断させる状況を創り上げることで、国際政治、世界経済、軍事的バランスにおいて欠くことの出来ないアメリカ合衆国の真の存在価値と、そこに潜む闇を浮き彫りにしています。

 この「アメリカの壁」と同じ系譜の作品をいくつか挙げてみましょう。謎の病原体で世界が滅亡の危機に瀕する『復活の日』(一九六四年)、異星人による地球侵攻に対して国どうしの相互不信から対応が遅れ世界が徐々に追い詰められてゆく『見知らぬ明日』(一九六九年)、自身の代表作ともいえる『日本沈没』(一九七三年)、世界中からほぼ全ての人が消え去る『こちらニッポン…』(一九七七年)、日本の中枢である東京が謎の雲に覆われ外部から完全に遮断される『首都消失』(一九八五年)などがあります。

 いずれの作品も、様々な情報を駆使し、現実ではあり得ない極限的な状況を緻密に築き上げていますが、あくまでもフィクションです。しかし、『日本沈没』では、大規模地殻変動とそれに伴う様々な被害をあまりにリアルに描いていたため、一九九五年の阪神淡路大震災、そして二〇一一年の東日本大震災において改めて注目されることになりました。

 小説はあくまでフィクションであり、現実ではありません。けれど小松左京のこれら小説群には、ある特徴があります。それは、現実世界を切りとった上での思考実験であり、また多くの場合、現実世界への警鐘の意図が込められています。

 ああいうのは荒唐無稽って言われるけど、一種の思考実験として非常に自由でいいんじゃないか。思考実験は最初は哲学の方で出てきて、その次が量子力学。アインシュタインの相対性理論もそうなんだ。で、文学でもできないかと思ったときに、やっぱりSFなんだね。つまりあり得ないようなシチュエーションを考えることでアメリカとは何だとか、首都東京やそういう首都を形成している日本とは何だとか、首都東京やそういう首都を形成している日本とは何かだとか、いろんな現象がよくわかるという。

(『小松左京自伝』(日本経済新聞出版社)より)

 これらシミュレーション作品の一つである「アメリカの壁」が発表からちょうど四〇年後の二〇一七年に、再び注目を浴びることになりました。史上最強の超大国アメリカ合衆国の新たなリーダーであるトランプ大統領の誕生が、そのきっかけでした。

「アメリカ・ファースト」を掲げ、ヒラリー・クリントン候補と接戦を繰り広げ勝利したトランプ大統領は、大統領就任後の二〇一七年一月二五日、密輸や密入国を防ぐために、メキシコとの国境に物理的な壁をただちに建設するという大統領令にサインをしました。

 アメリカとメキシコを隔てる長さ三二〇〇キロに及ぶ長大な壁。現代版の万里の長城ともいえるこの壁の建設に関して、トランプ大統領は選挙中から公約としており、大統領令にサインをする少し前から、ネット上で、アメリカが謎の霧状の壁により世界から孤立する物語、小松左京の「アメリカの壁」を彷彿とさせるとのツイートやブログが現れ始めました。

 また、二〇一七年一月二七日付の京都新聞が現在の状況を小説「アメリカの壁」と比較し、その建設費をメキシコに負担させるといった点は「小説よりはるかに奇なる悪夢のような現実だ」と紹介して以降、さらにネット上で話題が広がり、電子書籍版短編集『アメリカの壁』を発行していた文藝春秋は、二月一〇日、本作品を短編集から切り離し、単体の電子書籍として急遽リリース。そのことも話題となり、その後、毎日新聞、産経新聞、読売新聞など新聞媒体、さらにネットのニュース媒体でも数多く取り上げられることになりました。

 一方、本国アメリカでは、一九四九年に発表されたジョージ・オーウェルの反ユートピア小説『一九八四』がベストセラー上位にランキングされたとのニュースが話題となっていました。日米両国でそれぞれ、遥か昔に書かれながら今を予見するようなSF作品が注目されていたわけです。

「アメリカの壁」が発表されたのは、先ほど触れたように一九七七年の「SFマガジン」誌上です。

 戦後長く続いた米ソの冷戦構造、そして、泥沼化したベトナム戦争を経て、アメリカという若く、力に溢れた超大国が疲弊し、その自信を失いつつあった時代が物語の背景にあります。

 この後の一九八一年、「強いアメリカ」を掲げ誕生したレーガン政権は、ある意味、この自信喪失したアメリカに対する反動により生まれたとも言えます。

「アメリカの壁」が書かれた一九七七年当時、次世代の爆撃機として開発されながらも試作機だけで終わるはずだったB-1爆撃機は、物語の中で重要なアイテムとなり、本短編集の表紙にも物語を象徴するかのように描かれています。

 幻の翼として消え去る運命にあったB-1爆撃機。しかし強いアメリカを目指し当選したレーガン大統領は軍備拡大の方向に大きく舵を取り直し、結果、B-1爆撃機は復活して現在も実戦に備え配備されています。毎日新聞が「アメリカの壁」電子書籍化のニュースを告げた翌日の二〇一七年二月一〇日、同紙の夕刊に、写真付きでB-1爆撃機がグアムに配備されたとの記事が掲載されました。中国と北朝鮮における有事に対応するとの理由からです。あくまで偶然ですが、物語としての「アメリカの壁」とB-1爆撃機が呼応したかのような不気味さを感じます。

「“最後の有人戦略爆撃機”とよばれるB-1だ。――“これまでで最もよく考えられた航空機”とも言われたが、ソ連とのSALT交渉のあおりで開発中止になっちまった……。だが、最終開発時まで結局八機つくられ、そのうちの二機が、実験機として、NATOにひきわたされる事になっていた……」

(「アメリカの壁」より) 

 トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」とはアメリカの利益を最優先すること、そのためには手段を問わないことを意味します。メキシコとアメリカの国境を長大な壁で物理的に遮断するというのは、その判りやすいシンボルです。

 一方、物語の「アメリカの壁」は、建築物としての壁ではなく、霧状の謎の物質が外部の世界とアメリカを遮断します。この霧状の物体により内と外が隔てられるイメージは、後の『首都消失』に引き継がれます。

 そう、それと雲のイメージってのが昔からあるんですよ。戦争も終盤のころ、ボクは中学生で、神戸の川崎造船所に動員されていたんだけど、大阪は空襲にやられていてね。朝、電車に乗って造船所に行くんだけど、昼間、空襲があると、帰りの線路がやられちゃってるから、25キロぐらいの距離を歩いて帰らなくちゃならない。その上あちこちがまだ燃えているから、煙が雲みたいになって大阪の上空をおおっている。自分の家も燃えてるかもしれないという恐怖感もあるしね。

(毎日新聞インタビュー(一九八七年)より)

 このインタビューで判るように、雲や霧は、小松左京にとって空襲のイメージと重なる、不吉なもの、不安なものの象徴だったのです。

文春文庫
アメリカの壁
小松左京

定価:814円(税込)発売日:2017年12月05日

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