続く『消失者』では、息子の優斗が親離れをしだしたことに、少しばかり寂しさを感じ、父親としての顔に、ちらりと影が差す。
そして、そんな時に現れるのが、もう一つの顔、妻を事故で突然失った男の顔だ。
優斗の成長を一緒に見届けられない悔しさ。これ以上の挫折はないと思い、妻を亡くした直後のどす黒い感情が蘇ってきてしまうのだ。
このシリーズを読みながら私は、残された父と息子の成長と、捜査一課という第一線にいた一人の刑事の終わりそうで終わらない長いモラトリアム(猶予)の時代を、祈るように見守っていた。
今作『闇の叫び』では、優斗と似たような境遇にある前田が悲惨な事件を起こした可能性が高いことから、大友の心は強く揺さぶられ、事件にのめりこんでいく。
取り調べで、自分の行為を正当化する前田に対し、大友は言い放つ。
「あなたのような立場にいても、きちんと社会生活を送っている人はいくらでもいます。人は耐えるものなんです」
耐えることを知っている大友だからこそ、言える言葉だ。
そう、人はどんなに辛いことがあっても、耐えなければいけない時がある。
昨年六月、私は身内を事故で亡くした。亡くなった日の明け方、薄暗い病院の廊下で、世の中はこんなにも底知れない悲しみの上に成り立っていたのか、と愕然とした。
あの時、引き留めていれば、という後悔。もう二度と会えないという喪失感。やり場はあるけれど、決してぶつけてはいけない怒り。次から次へと湧き出てくる悔しさに、残された家族は気が狂いそうになった。
葬儀後、家に帰って泣きじゃくる祖母の背中を母がさすり、一週間後、一回り小さくなった母の身体を私が抱きしめ、二週間後、やつれた私に母が特上のお肉を買って焼いてくれた。悲しみは薄れるどころか深まるばかりで、バトンのように順番に受け渡される。
そうやって、あの日から今日まで、ずっと耐えてきた。これからもそうなのだろう。少し前を向いて歩き始めた矢先に、ずどんと突き落とされる、その繰り返しだ。
「取り調べとは、全人格を賭けた戦いだ」と、大友のかつての上司は言う。
犯人を落とすためには、自分の辛い過去を持ち出すことも時には必要だ。
妻を亡くして十年。耐えて、全てを糧にして、己に課せられた役割を生きていく大友に、私は自分のアナザーフェイスを、未来の顔を、重ね合わせた。
シリーズ全てを読み終えた今、私のモラトリアムの日々に少し、光が差し込んでいる。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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