書評

ベルリンの壁崩壊まで圧倒的な想像力と構成力で突き進む、若き音楽家たちの骨太な歴史小説

文: 朝井 リョウ (小説家)

『革命前夜』(須賀しのぶ 著)

『革命前夜』(須賀しのぶ 著)

 私は、小説を読む歓びの一つに、世界を見つめる視点が増えること、があると思う。性別、国籍、世代、文化、様々なものが異なる舞台に生きる主人公の人生に触れることで、自分の体にもその主人公の視点が搭載され、複雑な立体物である世界を多角的に見つめられるようになる。対岸の火事だと思っていた光景を、自分が立っている場所と地続きの場所で起きている事象なのだと気づけるようになる。そんな力を持った本に出会えたときの歓びは、解説という場所を借りたとしても語り足りないほどだ。

 そしてこの作品の魅力は、知的好奇心が満たされるだけでは、勿論ない。東欧圏の民主化運動について学びを得つつ、そのうえでエンターテインメントとしての興奮に包まれるのだ。特に中盤以降はミステリ的な展開が続き、物語としての面白みがぐんと増す。今この文章を読んでいるあなたがもし、冒頭、馴染みのない世界観に面食らい、「解説読んでから買うかどうか決めようかな……」みたいな状態だとするならば、ぜひ購入を推奨するし、支払う額や、読み終えるまでに注いだ時間以上の興奮を得られることを、この場で私が保証する。

 須賀さんはのちに、「革命前夜」執筆時はスランプであり、眞山が自分の音を見つけられない描写は自身と重なっていたと話しているが、その発言は書き手としての私を再び絶望の底に叩き落してくれた。なぜなら、文章化することがとても難しい音楽という分野を、これだけ表現豊かに書いているからである。想像力ですべてを補うことができる小説はどのメディアにも勝ると思っているが、音楽の描写だけは、どうしたって映像のほうが優れている気がしてしまう。私自身、幼少期ピアノを習っていたこともあり、何度かピアノ演奏の描写に挑戦したことがあるが、ワンパターンになってしまい、挫折してきた。スランプどころかピアノを弾くことすらできないと話す須賀さんの筆力を、ぜひ味わってほしい。

 最後に一つ。本作の単行本出版後、「作家と90分」というインタビューで須賀さんが、『最後、ベルリンの壁の崩壊を眞山に伝えた女性が「あなたの部屋のアンテナでは見えないので私の部屋に来なさい」と言っているのは、ドレスデンでも西側の放送が見られるアンテナを持っている人がいたということでしょうか。眞山に対してデモや亡命を批判的に言っていた彼女でも西側からの情報を得ていたということは、国内改革を求める気持ちを持っていたということでしょうか?』という質問に対し、こう回答していた。

革命前夜須賀しのぶ

定価:本体890円+税発売日:2018年03月09日


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