- 2018.03.20
- 書評
ベルリンの壁崩壊まで圧倒的な想像力と構成力で突き進む、若き音楽家たちの骨太な歴史小説
文:朝井 リョウ (小説家)
『革命前夜』(須賀しのぶ 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
実は彼女もこっそりとアンテナを持っていたというオチです。客人がいる時は隠して「私は東の模範市民よ」という顔をしておいて、やっぱり西の情報は気になっていたという。(中略)でも、彼女は国内改革を求める気持ちまではなかったと思います。まあ、明らかにする必要もないんですけれど、実をいうと彼女はシュタージの監視員なのです。西のことは気になるけれど、西のようになりたくないという、アンビバレントな感覚が東の人にはあったと思うんですよね。彼女のような戦争を経験している世代だと、やっぱり資本主義の矛盾がナチを生んだという思いも強いでしょうから、本当に東であることに誇りを持っている人も多かったと思います。でも兄弟として西のことをそれはそれで認めてもいる。そういう彼女の心理も書きたかったんです。
私は最近、対象について「考え切る」「思考し尽くす」ことが、小説を書くことにおいて何よりも大切だと感じている。“書く”というと、パソコンに向かってカタカタとキーボードを打っている映像を思い浮かべるかもしれないが、対象について「考え切る」「思考し尽くす」ことがまさに“書く”行為なのだと思う。私は、先ほどの回答から垣間見える、須賀さんの“書く”を徹底する姿勢に胸打たれた。須賀さんは、書くと決めたことに関して、考え切り、思考し尽くすことに決して妥協しない。重要な登場人物ではないにしても、そのキャラクターの背景を、心情を、行動原理を細やかに把握しているのだ。それこそが“書く”ということなのだと思う。
スランプを脱したこの作品で大藪春彦賞受賞。翌年、「また、桜の国で」で高校生直木賞受賞。さらに、「夏の祈りは」で「本の雑誌が選ぶ2017年度文庫ベストテン」1位、「2017年オリジナル文庫大賞」受賞。なんとたくましく、頼もしい書き手なのだろう。個人的には、趣味の一つだというフラメンコの物語に期待している。音楽の文章化に成功した須賀さんが、身体をフルに活用するダンスを描いたらどうなるのか。想像しただけで読者としての興奮と書き手としての絶望が同時に襲ってきて、もうたまらない。
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