別冊文藝春秋

『セルロイド』葉真中顕――立ち読み

文: 葉真中 顕

電子版19号

 恋人のユウキとも、ほとんど会えてない。互いに都内住みなのに、ちょっとした遠距離恋愛をしているような気分になる。救いは、ユウキが私の仕事を理解し、応援してくれているところだろうか。

 何となく、ウトウトし始めたときだ、スマホの着信音がけたたましく鳴った。

 画面を見ると、実家からだった。きっと母だ。

 画面をタップしてスマホを耳に当てる。

「もしもし」

『あ、ヒカル?』

「うん。母さん? どうしたの」

『どうしたもこうしたもないわあ、いっつも電話出んとぉ』

「だから、仕事中は出れんゆうとるやん」

 私の実家は滋賀の彦根だ。家族と話しているとき、自然と向こうの言葉になる。

『仕事って、夜も全然、出えへんやん』

「だーかーら、夜も仕事しとんの」

『若い娘ぇ、毎日、夜遅うまで働かせて、ほんまどういう職場やねん』

「何言ってんの、この業界はこれで普通なの。で、何よ」

『ああ、なあ、あんた、やっぱ帰ってこんの?』

 私はため息をついた。

 帰省の話だ。学生時代は毎年、八月のお盆前後に実家に帰っていた。けれど今年はそんな余裕はなかった。とてもじゃないけれど、夏休みなんて貰えない。一応、次の土日はどちらも休めそうだけど、土曜は溜まった洗濯と掃除をして、日曜はユウキとデートする約束をしている。

「無理ってゆうたやん」

『九月でもええから、帰ってこれん?』

「うーん、ごめん、九月でもちょっと無理」

『なあ、あんた、その仕事いつまで続けるん? もう辞めたりな』

「はあ? 母さん何言っとんの?」

『人んちの娘、お盆にもかえさんと、酷い話やわ。辞めたり、辞めたり』

 まったく……。

 母は、悪い人じゃないけれど、ときどきこういうことを言う。

「辞めるわけないやん。うちはこの仕事は好きでやってんの。お父さんだって、こんくらい働いてたやん」

 私の父は、絵に描いたような仕事人間だ。地元の食品会社に勤めており、毎日、早朝から深夜まで働いていた。土日もほとんど仕事で潰れていたし、お盆休みも取ってなかった。私が父と家で顔を合わせるのは、ごくたまに私が起きている時間に帰ってきたときか、お正月くらいのものだった。

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版19号文藝春秋・編

発売日:2018年04月20日


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