恋人のユウキとも、ほとんど会えてない。互いに都内住みなのに、ちょっとした遠距離恋愛をしているような気分になる。救いは、ユウキが私の仕事を理解し、応援してくれているところだろうか。
何となく、ウトウトし始めたときだ、スマホの着信音がけたたましく鳴った。
画面を見ると、実家からだった。きっと母だ。
画面をタップしてスマホを耳に当てる。
「もしもし」
『あ、ヒカル?』
「うん。母さん? どうしたの」
『どうしたもこうしたもないわあ、いっつも電話出んとぉ』
「だから、仕事中は出れんゆうとるやん」
私の実家は滋賀の彦根だ。家族と話しているとき、自然と向こうの言葉になる。
『仕事って、夜も全然、出えへんやん』
「だーかーら、夜も仕事しとんの」
『若い娘ぇ、毎日、夜遅うまで働かせて、ほんまどういう職場やねん』
「何言ってんの、この業界はこれで普通なの。で、何よ」
『ああ、なあ、あんた、やっぱ帰ってこんの?』
私はため息をついた。
帰省の話だ。学生時代は毎年、八月のお盆前後に実家に帰っていた。けれど今年はそんな余裕はなかった。とてもじゃないけれど、夏休みなんて貰えない。一応、次の土日はどちらも休めそうだけど、土曜は溜まった洗濯と掃除をして、日曜はユウキとデートする約束をしている。
「無理ってゆうたやん」
『九月でもええから、帰ってこれん?』
「うーん、ごめん、九月でもちょっと無理」
『なあ、あんた、その仕事いつまで続けるん? もう辞めたりな』
「はあ? 母さん何言っとんの?」
『人んちの娘、お盆にもかえさんと、酷い話やわ。辞めたり、辞めたり』
まったく……。
母は、悪い人じゃないけれど、ときどきこういうことを言う。
「辞めるわけないやん。うちはこの仕事は好きでやってんの。お父さんだって、こんくらい働いてたやん」
私の父は、絵に描いたような仕事人間だ。地元の食品会社に勤めており、毎日、早朝から深夜まで働いていた。土日もほとんど仕事で潰れていたし、お盆休みも取ってなかった。私が父と家で顔を合わせるのは、ごくたまに私が起きている時間に帰ってきたときか、お正月くらいのものだった。
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