2018.06.14 別冊文藝春秋

『ホームスパン』伊吹有喜――立ち読み

文: 伊吹 有喜

電子版19号

「別冊文藝春秋 電子版19号」(文藝春秋 編)

前回までのあらすじ

高校二年生の山崎美緒は、いじめが原因で学校に行けなくなっていた。岩手で工房を営む祖父母が贈ってくれた赤いショールにくるまっているときだけ、心が安らぐのだった。ところがある日、その赤いショールがなくなったことで母と口論になる。思いつめた美緒は、衝動的に岩手の祖父の家に逃げ込む。祖父や親戚の裕子の仕事ぶりを見るうち、美緒は自分でもホームスパンを作りたいと思い、裕子に入門する。徐々に工房にも慣れ、元気を取り戻していく美緒だが、突然祖父のもとにやってきた母親の真紀と激しく衝突。しばらくして、祖父と共に美緒は東京に行くことになるが、祖父が東京で倒れてしまう。これを機に美緒は本格的に盛岡で暮らすことにする。


 東京の冬は乾いているけれど、こちらの冬は湿り気があって、肌や唇があまり乾かない。

 曇っているときはさらりとした雪が降り、晴れると積もった雪が溶ける。溶けた雪は澄んだ水になり、明るい日差しのなかを軒先からしたたり落ちる。そのきらめきと水音が好きになったが、足元がぬかるむのは苦手だ。

 母から贈られたすべらないブーツを履き、美緒は盛岡駅の改札に立つ。

 新幹線の到着を告げるアナウンスのあと、しばらくしてから父と母が歩いてきた。二人ともダウンジャケットを着て、東京にいるときより着ぶくれている。

 改札を抜けた父が、困ったような顔で言う。

「病院で待ち合わせって、言ってなかったっけ」

「太一さんが、車貸してくれるついでに迎えにいこうって……」

「悪いなあ、レンタカーを借りるって言ったんだけど」

 二階にある改札口から地上に降りると、コンコースの隅に太一の車が停まっていた。

 春休みの前に父母が祖父の見舞いに来た。今日は盛岡から車で二十分ほどの場所にある温泉に泊まり、明日は祖父を車椅子に乗せ、祖母の墓参りをする予定だ。

 助手席のドアを開け、父が運転席の太一に挨拶をしている。そのまま車に乗り込もうとしているのを見て、声をかけた。

「お父さんはうしろに座って」

 父が一瞬、不思議そうな顔で見た。

「私が座席をうんと前に出すから。そっちのほうが楽だと思う」

 そうか? と言いながら、父が母と並んで後部座席に座った。

別冊文藝春秋からうまれた本



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