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『ホームスパン』伊吹有喜――立ち読み

『ホームスパン』伊吹有喜――立ち読み

伊吹 有喜

電子版19号

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

 一週間前、美緒のアパートには布団がないから、三人で温泉に行こうと母に誘われたが、仕事があるからと断った。

 土曜日も働くの? と聞いた母の口調に非難めいたものを感じて、あわてて電話を切った。そのせいか、母と並んで後ろに座るのが気まずい。

 助手席に座ると、太一がちらりと視線をよこし、バックミラーの角度を変えた。すぐに元に戻すと、明るい声で後ろに声をかけた。

「じゃあ行くよ。ちょっと窮屈だけど、シートベルトしてね」

「すまんね、太一君」

「毎度言うけど、紘治郎先生の車だから。遠慮しないで」

 車が開運橋にさしかかると、うしろから父の声がした。

「結構積もっているね」

「今年は雪が多くてさ。これでもかなり溶けたんだけど、昨日どかっと降った」

「春のドカ雪だ」

「そうだね、そろそろ冬も終わりだ」

 ドカ雪って? と母が父にたずねた。

「水分多めの雪がドカッと降って、それで雪は終わる感じなんだ。一月二月は、服を払うぐらいでサラッと落ちる雪だけど、この時期は服がジトッと濡れる」

 父の軽快な言葉の響きが意外で、美緒は雪を眺める。盛岡に来ると、父はよくしゃべる。

 心配そうな母の声がした。

「明日、お墓参りでしょう。降らないといいんだけど」

 たぶん大丈夫、と太一が明るく言う。

「ナンショウザンがほら」

 そうだね、と父が言い、外を指差す気配がした。

「あの山の雲のかかり具合で、晴れるか曇るかなんとなくわかる」

 あらためて、父はこの町で育った人だという実感がわき、美緒は後部座席を振り返る。

 何? と父が聞いた。

「ううん、別に」

 父が怒っているように見えて、あわてて美緒は前を向く。赤信号で車を停めた太一が小さく笑った。

「広志さん、そんなぶっきらぼうな言い方しちゃだめだって」

「ぶっきらぼうかな?」

「もうちょっと柔らかく言わないとさ、女の子はこわがるよ」

「太一君みたいなトークは無理だ」

「そういうとこ、昭和の人だよね」

 おい、と父がつぶやく。

 そのタイミングに思わず笑った。うしろで母も笑っているようだ。

「太一君や美緒だって、そのうち言われるんだよ。平成の人だもんねって」

 たしかに、と太一が笑うと、病院の駐車場に車を乗り入れた。

「じゃあ、俺、工房に戻るから、広志さん、あとは適当にこれ使って」

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版19号
文藝春秋・編

発売日:2018年04月20日

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