一週間前、美緒のアパートには布団がないから、三人で温泉に行こうと母に誘われたが、仕事があるからと断った。
土曜日も働くの? と聞いた母の口調に非難めいたものを感じて、あわてて電話を切った。そのせいか、母と並んで後ろに座るのが気まずい。
助手席に座ると、太一がちらりと視線をよこし、バックミラーの角度を変えた。すぐに元に戻すと、明るい声で後ろに声をかけた。
「じゃあ行くよ。ちょっと窮屈だけど、シートベルトしてね」
「すまんね、太一君」
「毎度言うけど、紘治郎先生の車だから。遠慮しないで」
車が開運橋にさしかかると、うしろから父の声がした。
「結構積もっているね」
「今年は雪が多くてさ。これでもかなり溶けたんだけど、昨日どかっと降った」
「春のドカ雪だ」
「そうだね、そろそろ冬も終わりだ」
ドカ雪って? と母が父にたずねた。
「水分多めの雪がドカッと降って、それで雪は終わる感じなんだ。一月二月は、服を払うぐらいでサラッと落ちる雪だけど、この時期は服がジトッと濡れる」
父の軽快な言葉の響きが意外で、美緒は雪を眺める。盛岡に来ると、父はよくしゃべる。
心配そうな母の声がした。
「明日、お墓参りでしょう。降らないといいんだけど」
たぶん大丈夫、と太一が明るく言う。
「ナンショウザンがほら」
そうだね、と父が言い、外を指差す気配がした。
「あの山の雲のかかり具合で、晴れるか曇るかなんとなくわかる」
あらためて、父はこの町で育った人だという実感がわき、美緒は後部座席を振り返る。
何? と父が聞いた。
「ううん、別に」
父が怒っているように見えて、あわてて美緒は前を向く。赤信号で車を停めた太一が小さく笑った。
「広志さん、そんなぶっきらぼうな言い方しちゃだめだって」
「ぶっきらぼうかな?」
「もうちょっと柔らかく言わないとさ、女の子はこわがるよ」
「太一君みたいなトークは無理だ」
「そういうとこ、昭和の人だよね」
おい、と父がつぶやく。
そのタイミングに思わず笑った。うしろで母も笑っているようだ。
「太一君や美緒だって、そのうち言われるんだよ。平成の人だもんねって」
たしかに、と太一が笑うと、病院の駐車場に車を乗り入れた。
「じゃあ、俺、工房に戻るから、広志さん、あとは適当にこれ使って」
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