なんでこんなに苦しいんだ? 岳士は唇を噛む。これまで、サファイヤの影響はじわじわと薄くなっていき、気づかぬうちに消え去っていた。それなのに今回は……。
禁断症状。その不吉な単語が頭をよぎる。無意識に右手がズボンのポケットに伸び、中からサファイヤの容器を一つ取り出す。
これを飲めば楽になる。街灯の光を乱反射する蒼い液体が精神を揺さぶる。蓋を開けようと指先でつまんだところで、岳士は頭を振った。
ここでサファイヤを飲めば、引き返せなくなる。その確信がぎりぎりで思いとどまらせた。容器を乱暴にポケットに押し込み、岳士は立ち上がった。
学生たちの姿はもうほとんどない。ここに座っていたら目立つだろう。小屋の近くで監視することにしよう。
枷でもつけられているかのように重い足を引きずって林に入った岳士は、昨夜と同じように樹の陰から小屋の様子をうかがう。窓に明かりは灯っていない。やはり誰もいないようだ。
今夜、錬金術師はやって来るのだろうか? 太い幹に背中をつけた岳士は、歯を食いしばる。身の置き所が見つからないような不快感が全身に襲いかかっている。口が渇き、全身の汗腺から冷たい汗が止め処なく滲み出す。
サファイヤを飲みたい。サファイヤさえ飲めば……。
唇に犬歯を立て、痛みでサファイヤへの欲求を誤魔化しながら、岳士は小屋へと近づいていく。
こんな状態であと何時間も過ごせるわけがなかった。昨夜やろうとしたように、窓を割って小屋に侵入し、錬金術師の手がかりを探すしかない。
きっと、極限まで追い詰められているこの状況が俺をおかしくしているんだ。手がかりを見つけて部屋に戻れば、この渇きもおさまるはずだ。
窓の下に昨日落とした石を見つけると、岳士はそれを手に取り、躊躇することなく窓に向かって投げつけた。大きな音とともに窓ガラスが割れる。手を差し込んで鍵を外し、勢いよく窓を開けた岳士は、その場に立ち尽くす。小屋の中は空になっていた。
運び込まれたはずの段ボール。床に置かれていた様々な薬品。デスクに設置されていた専門的な機器。昨夜、換気口から見たそれらのものが完全に消え去っていた。
狐につままれたような心地のまま、岳士は窓枠に足をかけると、ガラスの破片を踏まないように気をつけて中に入る。
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