- 2018.09.03
- 書評
米国系証券会社でトップ・セールスだった筆者だから書けたマネー・ドラマ
文:倉都康行 (国際金融評論家)
『ナナフシ』(幸田真音 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
スタンレー・ブラザーズ破綻で会社から投げ出され、素人商売に手を染めて失敗し、難病の愛娘だけでなく、家庭も貯蓄も失う深尾が、コンビニのバイトで食い繋ぐ話は、とても生々しい。また、勤務する金融機関の破綻で部下が自殺に追い込まれるという壮絶な挿話も、彩弓を助けるための布石となっているとはいえ、実に痛々しい。それは、単なる創作ではない現実性を胚胎しているからだ。
実は私も40歳近くになって平穏な日本企業から脱出し、外資系金融機関という明日をも知れぬ「ハイ・リスク」社会に飛び込んだ一人である。息を抜けない熾烈な業界では、自分が失敗しなくても企業の都合で簡単に退職を迫られることもある。残念なことに不幸な人生を歩んだ人々を、全く知らないとは言わない。私は幸運だっただけなのかもしれない。深尾真司は、決して特別な存在ではないのである。
偶然に出会った彩弓に生きる目的を与えられた深尾が、高額な治療費を稼ぐために再び資産運用の世界に戻る場面に何となく安堵するのは、たぶん私だけではないだろう。人脈が生きるのはこの狭い世界の有難さでもある。日本には金融ビジネスに否定的な人も少なくないが、先端の金融技術知識や優れた運用能力などを持った人々の価値は果てしなく高い。金融力が我々の生活水準に与える影響は小さくないのだ、という幸田さんの声が聞こえるようだ。