- 2018.09.03
- 書評
米国系証券会社でトップ・セールスだった筆者だから書けたマネー・ドラマ
文:倉都康行 (国際金融評論家)
『ナナフシ』(幸田真音 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
ナナフシ、という昆虫を手に取ってみたことがある人はそれほど多くないかもしれない。山陰地方生まれの私は、小学生時代に親に買って貰った昆虫大図鑑に出ていた虫の中で、特に玉虫とナナフシに不思議な憧れを抱いていた。ド田舎の昆虫少年は、自宅から10分ほどの距離にあった山道で、その実在を探し求める日々を送っていたのである。
残念ながらキラキラ輝く玉虫は見つからなかったが、ある日、枯れた小枝のようなナナフシを発見する幸運に恵まれた私は、奇妙な姿で必死に外敵から身を守ろうとしながらも、愛嬌のある、そしてどこか物悲しさを漂わせるその昆虫に、深い愛着を感じたのであった。そのナナフシが私の虫籠の中で何日生きていたのか、記憶はもうない。
本書の中の北田彩弓もまた、屈折した人生を背負いながら、激痛を伴う病巣と闘い、死の恐怖に直面しつつも、父親ほど年の離れた深尾真司との出会いの中で、自らの生き方を再確認していくナナフシのような存在として描かれていく。そして幸田さんは彼女とナナフシを同期させる過程で、自切、擬態、生餌、脱皮、再生、飛翔という重要なキーワードを各章ごとにちりばめる。そこには残酷な物語もあるが、希望は決して消えない。このナナフシには力強い生命力が宿っているのだ。
しかしながら、彩弓というナナフシのしたたかさは、自分独りで生成されたものではない。仕事や財産だけでなく愛娘や妻さえも失った一人の男性が、自身の原罪を巡る激しい葛藤の中で、彼女の再起を支えていくのである。