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髙見澤俊彦 『音叉』刊行記念エッセイ「1973 あの頃の僕へ」#1

文: 髙見澤俊彦

オール讀物2018年8月号より

『音叉』(髙見澤俊彦 著)

 1973僕の大学生活は、刺激的ではなくむしろ退屈で、ため息をつくたび脳細胞が死んでゆくようだった。ある日、Tにコンパに誘われた。高校は男子校だったが、英文科は女子が多い。今でいう合コンみたいな会を、英文科の女子達と新宿三丁目の居酒屋「日鶏園」で行うという。そりゃ女子との会なんて興味もあったし、二つ返事でOKした。たわいもない話を同世代の女子とするのは、それなりに楽しいはずだ。女子五~六人に男子はTを含め三人。倍の数の女子というのは男子としたら、何だかちょっといい感じだ。

 コンパ当日、まだ未成年ということもあってか、女子はソフトドリンクを頼んでいたが、僕の隣の大人っぽい(ここでいう大人っぽいというのは化粧が僕好みで派手ということ)Hさんだけは生ビールをオーダーし、挨拶もそこそこにグイグイ飲み始めた。その飲みっぷりが、オッサン風というか豪快で、飲み終わったらプハーと息を吐くんじゃないかと思ったぐらいだ。さすがにそれはなかったが……。自己紹介でHさんは中部のN市出身、一年浪人して明学に入ったことが判明。ということは、年上かぁ。退屈な心にちょっと火がついた。

 時間が経つにつれ会話は、映画や音楽、ファッションの話から、最近読んだ本の話などに推移していった。が、小説の世界でありがちな社会情勢や政治の話には発展しない。例えば柴田翔の『されどわれらが日々――』に出て来るような苦悩する大学生の会話などは全くない。ただ、豪快な飲みっぷりのHさんは、酔いが回ったのか突然、三里塚・成田闘争についての持論を展開し出した。全員目が点になったまま固まり、うんざりし始めたところで会はお開きとなった。後味の悪い終わりは、群れて飲むことの虚しさを僕に示唆してくれたようだ。

 その後もTに何度かコンパに誘われたが、二度とそういう会には出なくなった。退屈な心にポッと灯った火も、あっという間に鎮火してしまった。

こちらのインタビューが掲載されているオール讀物 8月号

2018年8月号 / 7月21日発売 / 定価980円(本体907円)
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音叉髙見澤俊彦

定価:本体1,700円+税発売日:2018年07月13日