- 2018.10.02
- 書評
登場人物ひとりひとりの「生」を肯定するかのような著者のまなざし
文:江南亜美子 (書評家)
『太陽は気を失う』(乙川優三郎 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
なにを後悔するのか。
本書では、男女の愛の問題がおおく描かれる。
心を開いて、無邪気に愛を相手に伝えることのできた若い日々はとっくに終わり、相手からよりおおく愛されるために自分の恋心を隠そうとする駆け引きに身をやつす時代もまた、過ぎ去った。愛を伝えることよりも、それを口にしないほうが相手のためにも自分のためにもなると分別してしまうのが、人生の夕暮れにさしかかった人々の「悟り」でもある。しかしそれでも心はざわめく。
それはたとえば、「さいげつ」の昌子が感じるものでもある。かつて愛しあいながらやむなく別れた恋人で、シングルマザーとして育ててきた娘の父親でもある男と、虎ノ門の米大使館で十二年ぶりに再会したとき、相手から二度までも誘われた飲食店での腰を落ち着けての語り合いを、彼女はかたく固辞する。彼女には、彼と離れていたあいだのさまざまな苦労や、別れの理由であった障壁が解消したことや、なによりも、熾火となってくすぶりつづける自身の恋心を、彼に吐露したいという欲望があったろう。しかしそれはたがいの「現在」のためにはならない。現在が過去の亡霊にのっとられて、また立ち止まることになる――。そう判断することができ、さらには、テーブルを挟んで向かい合ってしまってはその抑制のストッパーが利かなくなることまで自覚する賢明な彼女は、立ち話以上のかかわりを自分にも相手にも許さないのである。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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