2018.10.02 書評

登場人物ひとりひとりの「生」を肯定するかのような著者のまなざし

文: 江南亜美子 (書評家)

『太陽は気を失う』(乙川優三郎 著)

『太陽は気を失う』(乙川優三郎 著)

 すでに本書『太陽は気を失う』を読み終えてこのページにたどり着いたという方には、いま、じんわりと自らの人生の来し方を反芻する時間が流れているはずだ。性急な「解説」の言葉など読まず、どうぞ本を閉じ、できれば静かな場所で外界の喧騒を遮断して、ゆっくりと思いを巡らせてください、こちらは黙っていますので、と言いたくなる。

 おそらく読者は、物語のなかの人物たち、ひとりひとりに思いを馳せるうちに、自身の人生においてかつて通り過ぎていった、あるいは記憶にとどまり続ける、とくべつな他者のことを想起し、思うままに想像を広げて自分の「物語のつづき」を紡ぎはじめるにちがいない。あのときこちらの道を選択していたら。あの日、こう言葉をかけていたならば。いまの自分とはべつの生き方を選んだ、もうひとりの自分というものをありありと感じることになるだろう。普遍性を持つ小説が読者にあたえる力とは、そうしたものなのだ。


 本書には、十四の短編が収録されているが、どんなに軽やかに見える作品であっても、いずれも人生の夕暮れにあってひとは何を思うか、という重要なテーマを含んでいる。生の終わりを、なんの憂いもなく迎えられれば幸福だが、多くのひとにとって、身の近くまでひたひたと迫る死の感覚は、後悔の念とのせめぎあいとなるはずだ。



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