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登場人物ひとりひとりの「生」を肯定するかのような著者のまなざし

登場人物ひとりひとりの「生」を肯定するかのような著者のまなざし

文:江南亜美子 (書評家)

『太陽は気を失う』(乙川優三郎 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『太陽は気を失う』(乙川優三郎 著)

 これまで、本書に収録された作品をいくつか駆け足で紹介してきたが、読者の心にもっとも深い味わいを残すのが、表題にもなった「太陽は気を失う」ではないだろうか。この作品では、里帰りをする初老の女性が登場する。かつてくらした東北の海沿いの町には、老いて一人暮らしをする母がいる。この帰省の目的は、母親の見舞いに加え、ひと月前に四十六歳で亡くなった、知的障害者でもあった幼馴染の起則くんの墓参りにもあった。彼は一回り年下。「なにもいいことがなかったような気がする」と彼のことを慮る「私」は、「オキドキ」という自分が彼に教えた言葉をいまも呪文のように心で唱えている。

 老母のおつかいに応えてスーパーに出かけようとしたとき、大地震が起きる。余震もつづくなか、津波に備えて自力での歩行も困難な母と少しでも高いところへと逃げようとするが、その行動は捗々しくはいかない。そして避難所へ。交通網も寸断され、不便と不安のつのる慣れない避難所暮らしにあって、逗子にいる彼女の夫との会話が挿入される。

 〈「地震と津波で家はめちゃくちゃよ、母と小学校にいるの、食べる物がないし、もう一度大きな地震がきたらここも危ない、あなたから東京の姉に連絡して、車で助けに来るように言って」(中略)「あの人は苦手だ、話したくない」「お願い、そんなことを言ってるときじゃないでしょう、母もいるのよ」「金は借りたのか」そのとき地面が揺れて、私の芯のあたりも揺れた〉

文春文庫
太陽は気を失う
乙川優三郎

定価:748円(税込)発売日:2018年09月04日

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