- 2018.10.02
- 書評
登場人物ひとりひとりの「生」を肯定するかのような著者のまなざし
文:江南亜美子 (書評家)
『太陽は気を失う』(乙川優三郎 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
そうした観点から、ふたたびこの作品集全体を眺めれば、いずれの作品も、人間の生きてきた時間のある点と点を結び、そこを自在に往還しながらある出来事の過程を描くことで、その人物の人生まるごとを読者に想像させることに成功している。短編と長編の違いについてはいくらも定義できようが、饒舌に「線」としての人生を語れるのが長編のストロングポイントだとすれば、寡黙に「点」で示すことで人生のエッセンシャルな部分を摘出できるのが短編のそれではないだろうか。
そして短編には、長編がそれをものした作家の存在感を完全に消すものが多いのに対して、作家本人の姿、声が遠くに感じられるものが多い。本作を通して、読者である私たちが感じるのは、乙川さんのありふれた人々に対する慈愛のまなざしだ。人生の転換期を迎えて、後悔も、絶望も、格好の悪いあがきも抱え込みながら、人々は懸命に今日この日を生きている。そして、次の日をよりよいものにしようと努力するのだ。苦しみの後に、一条の光が差すその美しさを捉えることを、著者は、作品は、けっして忘れない。
ひとりひとりの「生」を肯定するかのような乙川さんのまなざしに、私たちは、自分もまた肯定されたような安らぎを覚えるにちがいない。だから私たちはまた、飽きもせず、この信頼を寄せる作家の作品を求めつづける。人生の酸いも甘いも嚙みわけてきた大人たちのための、ナイトキャップのような心地よさを求めて。
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