- 2018.10.02
- 書評
手がかりを提示しながらも真相を当てさせない、最高レベルの本格ミステリ
文:飯城勇三 (翻訳家、書評家)
『赤い博物館』(大山誠一郎 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
どこがテレビドラマと異なるのか?
本書はテレビドラマ化され、二〇一六年八月二十九日に「犯罪資料館 緋色冴子シリーズ『赤い博物館』」という題で放映されました。配役は緋色冴子が松下由樹、寺田が山崎裕太、守衛の大塚が竜雷太。原作は「死が共犯者を別つまで」と「炎」で、脚本は大久保ともみ。
「炎」を寺田自身の事件にするなど、大胆な改変もありますが、ミステリ部分はほぼ原作に忠実。ただし、原作の緻密さを追い切れなかったのか、「死が〜」の免許の件など、カットされた手がかりもあります。ドラマを観た人は、ぜひ、本書と比べてみてください。そうすれば、原作の見事さと脚本の巧みさ、その両方が見えてくるはずです。
一番大きな変更は、クールで論理的な原作を、ウエットで情緒的に仕立て直したこと(『砂の器』風脚色と言いましょうか)。冴子のキャラも、早々と“雪女”から遠ざかっています。まあ、このあたりは、視聴者に感情移入をさせるためでしょうね。
このドラマは好評だったらしく、二〇一七年七月十日には、「犯罪資料館 緋色冴子シリーズ『赤い博物館2』」が放映。原作は「死に至る問い」で、脚本は金谷祐子。
今回も原作を尊重しつつも、オリジナルの容疑者を出し、動機を補強するデータを加えています。ウエットで情緒的な改変は前回と同じ。もっとも、原作も「クールで論理的な冴子の推理の後にウエットで情緒的な犯行動機が浮かび出る」という構成をとっているので、改変というよりは、比重の変更と言った方が良いかもしれません。また、ドラマ版第一話にちらりと出てきた“冴子の母親が不審死した事件”がらみのシーンが、三分の一ほどを占めているのも、ウエットな印象を強めています。とはいえ、ミステリ部分は原作通りにハイレベルなので、シリーズの継続を望みたいですね。
どこが改稿されているのか?
元版と文庫版を比べてみると、大きな修正は「パンの身代金」に集中しています。いずれもミステリ部分の磨き上げであり、同じ作者の『密室蒐集家』文庫版のようなトリックの変更はありません。
・身代金受け渡しのために移動する場面の描写を詳細化。
・取引現場となった廃屋の持ち主を容疑者に含めてアリバイを調べる場面を追加。
・犯人がらみのデータを増量。
・旧稿では簡単に触れるだけだった動機に関するデータを追加。
・解決篇の冴子の推理を三割も増量して精緻化。
なお、作者によると、「身代金が五億だったのですが、この金額だと重すぎて一人では運べないということなので、一億に減額しております(笑)」とのこと。さらに、本書全体で交通事故死の数が多かったため、その中の二件の死因を変更したそうです。
以上の改稿により、旧稿よりずっと完成度が高くなっています。既にハードカバー版で読んだ人も、ぜひ本書で再読してみてください。あと、「パンの身代金」をドラマ化する際は、この文庫版の方を基にしてほしいですね。
本書を楽しんで、「もっと大山誠一郎の本を読みたい」と思った人には、『密室蒐集家』(文春文庫)をおすすめします。そして、それも楽しめた人は、『アルファベット・パズラーズ』(創元推理文庫)をどうぞ。どちらも既に読んでいる人も、がっかりすることはありません。作者によると、この本の刊行月か翌月に、『アリバイ崩し承ります』というアリバイ崩し物の連作短篇集が、実業之日本社から出るそうです。設定は、「時計店の女性店主が、客の刑事から事件の話を聞き、容疑者の鉄壁のアリバイをその場ですぐに崩してみせる」というものなので、やはり、作中探偵と読者の入手するデータを一致させて、フェアプレイを実践しているわけです。いやあ、期待が高まりますね。
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