「あのお……」まどかは、メニューをじっと見て続ける。「水、持ってきてください」
「まどか……せっかくだからジュースとか飲みなよ」
「だってオレンジジュースが千円以上するじゃん。高すぎ。水でじゅうぶん」
家賃とか人件費もあるから高いんだよ、と説明しようかと思ったが、まどかの指摘が正論のような気もして一男は黙り込んだ。店員は困惑する様子もなく、爽やかな笑顔で「本日はコースでよろしかったでしょうか?」と訊ねた。
「はい。四千円のコースで」と一男が言うのと同時に、まどかが重ねる。
「わたしコースいらない。ライスあります?」
“ライス”という言葉がこの空間に不調和に響いたのか、隣のテーブルの老婦人がこちらを見た。一男はまどかに顔を寄せる。
「ファミレスじゃないんだから」
「いいじゃん。ライス食べたいんだもん。それにコースも高すぎ」
「でもライスなんてメニューのどこにも書いてないし」
「そんなの聞いてみなきゃわかんないじゃん」
まどかは相変わらず足を揺らしながら悪びれない様子だ。一男はまどかから店員に視線を移す。申し訳ないですと、目で訴えた。「かしこまりました。シェフと相談してきますね」。店員は先ほどと変わらぬ笑みを見せ、メニューを回収すると音も立てずに去っていった。
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