『あーーー初期化しました!!! 交換お願いします!!!』
怜央のノートパソコンから、ピロリン、と通知音が聞こえた。怜央は、画面にちらりと目をやると、何食わぬ顔でもう一台のパティを立ち上げ始めた。
ここへ来る前に起動させたときには、パティはきちんと飲食店の店員に扮していた。『みなさーん、今日のおすすめメニューは、ハンバーグステーキですヨ。とってもジューシーで、幸せな気分になれます。ボクも食べたいなァ』という、朝香が怜央に頼んで設定してもらったデモ用の台詞をきちんと喋っていた。
商談中にパティがエラーを起こすのは、ある程度予想していた。フリーズするかもしれないし、音声を聞き取らなくなるかもしれない。今回予備機を用意したのも、開発課の内藤怜央に同席してもらったのも、そうした不測の事態に備えるためだった。
だが――まさか、プログラム内容が丸々消し飛んでしまうとは。
パティは、何らかの原因で工場出荷状態に戻ったとき、自分で自分の取り扱い方法を説明し始める。この説明をすべて聞き、パスワード入力や無線LAN接続などの初期設定を終えないと、プログラムファイルの再インストールすら行えないのだ。
「えーっと……今、ほんの少し機嫌が悪いみたいなので、もう一台のパティでデモをしますね」
「え? ロボットに機嫌なんてあるの?」
「うちのパティには、ちょっと、気まぐれなところがあって。初めての環境だと、たまに人見知りをするんですよ」
「はあ」
「こういうところに、逆に愛着がわいたりもしますね」
「へえ」
「ほら、ある意味、人間らしいというか」
「……なるほど?」
三名の客が、狐につままれたような顔をしている。
朝香の額に脂汗がにじんだ。
「外崎さん、準備ができるまでは資料の説明を続けましょう。皆様申し訳ございません、十五ページ目をご覧ください」
頭が真っ白になりかけている朝香に、辻原が助け舟を出してくれた。朝香は慌ててノートパソコンをケーブルに繋げ、予備機の準備をしている怜央の様子を横目で窺いながらプレゼンを再開した。
――ああ、もう嫌だ。
料金プランについて予定外の説明を行いながら、朝香は心の中で叫ぶ。
――どうして私、ロボット営業課なんかに配属されちゃったんだろう!
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