今日こそは、絶対に。そう、今日こそは。
大企業の本社ビルというのは、いつもいつでも、外崎朝香の闘志を燃え上がらせる。
来客用のフロアにどこまでも続く、無数の会議室。仕切りのガラスにかかっている真っ白なブラインド。掃除が行き届いた大きなテーブルに、座り心地のよい高級な黒い椅子。超薄型の大型モニターにプレゼン資料を投影し、その脇に立って喋っているだけで、自分があたかも有能なキャリアウーマンであるような心地がしてくる。
「資料の十三ページ目をご覧ください。こちらには、実際に他の飲食店で利用した際の事例を掲載しております。ある居酒屋では、パティが常連客の顔を覚え、来店回数などに応じて毎回異なる挨拶ができるようにした結果、お客様アンケートの結果が改善しました。また、ある喫茶店では、入り口に立っているパティが利益率の高いおすすめメニューを順番待ちのお客様に必ず勧めるように設定し、そのメニューの注文率を引き上げることに成功しました。このように、顧客満足度という観点でも、収益アップという観点でも、接客ロボットは――」
よしよし、感触は悪くない。
相手方の部長の顔色を窺いながら、朝香は自分を励まし続けていた。商談時間は、実機デモを含めて一時間半。あと四十五分の辛抱だ。この調子でいけば、人の好さそうな笑みを浮かべてニコニコとパティを眺めている女性部長が、「試しに一、二台くらい入れてみようか」などと言い出すかもしれない。ひょっとしたら、「トライアル費用は三百万くらいあれば足りる?」なんていう最高すぎる質問が飛んでくるかもしれない。
普段の小規模な案件に比べたら、今日の商談はその十倍、いや百倍はポテンシャルがありそうだった。国内最大手のファミレスチェーンともなれば、ロボット導入という新しい取り組みに割ける予算も人員も、中小企業よりよっぽど潤沢なはずだ。
だから、獲らなければならない。
今日こそは、絶対に。幾度ものアタックの末、ようやく初回提案まで漕ぎつけた、この大口案件を。
「そのさ、頭についてる黒いのは何? ちょんまげ?」
「は、はい?」
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