男の場合、ひとつの問題がさらにこじれてしまうのは、肥大化した自尊心により周囲が見えなかったり、解決の先送りや事なかれの選択に逃げてきたせいだったりするのだろう。相手が女性となるとなおさらだ。この「怒鳴り癖」のなかで、妻から「あなた、女の気持ちがいつまで経っても分からないのね」と言われた〈私〉が、言い返したいのをぐっと我慢した、という場面があった。本作は男の危機をめぐる作品であるとともに、家族小説としての味わいも愉しめる。
ちょうど近年発表された藤田宜永の長編に『女系の総督』(講談社文庫)『女系の教科書』(講談社)という二作があった。こちらの主人公は、母親、ふたりの娘、孫娘、そして飼い猫までメスという女性ばかりの家で暮しており、それこそ四六時中「女の気持ち」に配慮して生活しなくてはならない男だ。もしかすると「怒鳴り癖」の〈私〉も、そんな家庭にいたならば他人への対応が違っていたかもしれない。ちょうど両者は裏返しの家庭環境のように思える。
つづく「通報者」では、定年退職して一年が経つものの、いまだ再就職がままならない〈私〉が主人公である。あるとき〈私〉は、近くの公園で女性を助けることになった。怪しい男に尾けられていたのだ。その男を見ると近所に住む顔見知りの青年だとわかり警察に届けた。ところが、後にその青年が自殺したことを知る。暗い気持ちに襲われた〈私〉は、かつて妙なきっかけで親しくなった銀治という男を思い出し、現在のゆくえをたどったところ、思わぬ罠へ踏み込んでしまった。
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