表題作「怒鳴り癖」に登場する〈私〉は、小さな旅行代理店を経営する五十四歳の男である。男女ふたりの子供はすでに社会人となり、家庭にも問題はない。ただ、ちょっとしたことでカッときて相手を怒鳴る癖だけは若いころから変わらなかった。あるとき会社の入っているビルの一階へ出たら、いきなり何者かに顔を殴られた。犯人はふたりの男でそのまま逃走。〈私〉は考えた。自分に怨みを抱く者の犯行にちがいない。それはいったいだれだろう。そんなおり、家に帰ると娘の綾香がボーイフレンドを連れてきた。その男は声が小さく〈私〉はそれだけで「情けない奴だ」と決めつけるきらいがあった。やがて意外な事実が明らかになった。
藤田宜永作品にこれまで親しんできた読者であれば、主人公は作者の分身と思われる人物、もしくは同年代の男性であることがほとんどだと知っているはずだ。本書に登場する男たちも年齢に幅はあるものの、おおむねそう思ってまちがいない。とはいえ、「怒鳴り癖」に登場するような直情径行型でやたらと怒鳴るタイプが主人公をつとめるのはめずらしい。しかも既婚者であり、妻との関係も悪くなく、子供に厳しい父親である。だが、暴行事件をはじめ、身の回りで起こった出来事をきっかけに、人を見る目の偏りに気づき、自分の性格を見直すこととなる。すなわち、問題をこじらせた原因がその怒りっぽい性格に加え、根拠のない思い込みだと気づくのである。
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