せっかく自分が興した会社を、好業績事業を含めて丸ごと売り飛ばしてしまうのだから、「名案」どころか本末転倒もいいところだ。しかし、この矛盾に満ちた思考と行動が三角形の中での権力闘争と嫉妬の凄まじさを浮き彫りにしている。
「前々夜祭」は位置エネルギーを求めた権力闘争に勝ち残った2人の経営者の邂逅を描く。ともに上場企業の社長の座にある大曾根と狭山は大学の同期会で久しぶりに顔を合わす。ところが、旧交を温めるどころか、ちょっとした言葉の端をとらえて、互いに張り合う。2人の間には何も争うものがないはずなのに、「こいつが早く死んでくれればいい」とさえ思う。その孤独と空虚に暗澹たる気持ちになる。
それぞれに格別の渋味と苦味がある。昭和の高度成長期という時代背景も本書のこの味わいに影響している。「緊急重役会」は昭和37年、最も新しい「形式の中の男」でも47年の作品である。物語のあちらこちらに昭和の匂いが濃く出ている。恩地も原口も兵隊として出征を経験している。勤め先が紡績会社や重工会社というのも昭和らしい。脇役として登場する女性も、主人公の妻や愛人(決まってバーのホステス)ばかり。「男に寄り添う昭和の女」を生きている。大曾根と狭山が再会した同期会では、まだ69歳なのに卒業生の6割が物故者になっている。時代を感じる。
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