「社長」であれば、たとえ無名の会社であっても、肩書に記すにはおかしくない。だが、どんな大会社にせよ、「専務」や「常務」では、坐りが悪い。事実、署名簿の中に、「社長」は三つ四つあったが、「専務」「常務」を附記したものはなかった。「社長」――それこそが、勤め人として世間に誇らしげに名乗れる唯一の肩書なのだ。
恩地は紡績会社の専務で、次期社長と目されている。ところが、現社長は一向に退く気配がない。やきもきする中で恩地は自分が癌に冒されていることを知る。病院に閉じ込められていた恩地は緊急重役会の噂を聞いて社に駆ける。しかし、すでに自分の降格の議事は済んでいた。追い詰められた恩地は、それが生きている証であるかのように、なおのこと社長の椅子への執念をたぎらせる。
タイトルから連想されるような重役会での激しい応酬や駆け引きは、物語の中に出てこない。カメラは病院にいる主人公の心の動きを静かに追い続ける。このプロットが実に巧い。生死をも超越した位置エネルギーへの妄執がいっそう鮮明に浮かび上がる。
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