書評

利休と秀吉と二代にわたる天下人に仕えた茶人の白熱した生の軌跡

文: 橋本麻里 (ライター・エディター、永青文庫副館長)

『天下人の茶』(伊東 潤 著)

『天下人の茶』(伊東 潤 著)

 といって、利休がその死後からずっと同じ調子で称揚されてきたわけでもない。室町時代から桃山時代にかけて、書院の茶から草庵の茶へという大きな流れの中で、京や堺以外の各地に多彩な茶の湯者が輩出したが、利休と秀吉の結びつきによって、利休のわび茶へと一度は平準化される。しかしその死後、再び多様化していく茶の湯の世界にあって、利休の百年忌を迎えた元禄三年(一六九〇)頃になると、賜死から家の断絶という危機を乗り越え、茶家としての三千家が鼎立。茶の湯の世界で、千家の立場を確固たるものにしていくという意識から、千家の中に利休を祀った祖堂を作り、いわゆる利休道具(利休自身が作る、あるいは職方に指示して作らせる)の箱書きが家元によって書かれるなど、利休への回帰、価値の集約が意識的に進められていくようになる。そして岡倉天心が明治三十九年(一九〇六)、ニューヨークの出版社から英語で刊行した『茶の本(The Book of Tea)』をもって、「茶聖利休」のイメージが完成するのである。

 以後のフィクションに描かれる利休は、このイメージを基準に、そこに寄り添うか、そうではない人間利休の一面を切りひらくか、という二極を、振り子のように揺れ動いてきた。本作の利休が最後にどちらの貌を見せるのかは読んでのお楽しみだが、利休と秀吉を芸術における双生児のように描いた、黄金の茶室の解釈については、利休の美意識の核心に触れるものとして、満腔の同意を示したい。黄金の茶室は、ともすれば相容れることのない秀吉と利休の、もっとも先鋭な対立点のように扱われがちだが、恐らくそうではない。



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天下人の茶伊東 潤

定価:本体670円+税発売日:2018年12月04日