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『淀川八景 ポロロッカ』藤野恵美――立ち読み

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

別冊文藝春秋 電子版23号

文藝春秋・編

別冊文藝春秋 電子版23号

文藝春秋・編

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「別冊文藝春秋 電子版23号」(文藝春秋 編)

 梅田に職場があるので、平日はほぼ毎日、阪急電車で通勤している。会社の始業時刻が遅めなので、車内はあまり混雑していない。十三駅を過ぎて、中津駅に向かう途中、電車は轟音を立てながら、鉄橋を渡る。そのあいだ、車窓からぼんやりと淀川を眺めて、どこまでつづいているのだろう……と考えた。

 淀川の水が琵琶湖から流れているということは、知識として頭にあった。だが、琵琶湖には行ったことがない。淀川の源流。流れのはじまり。その場所について考えると、居ても立っても居られないような気持ちになった。

 だから、歩くことにした。

 淀川をたどって、琵琶湖に向かう。

 その思いつきを打ち明けると、妻はあからさまに不機嫌になった。

 ――なんで、わざわざ土日の両方を使って、そんなことするん?

 琵琶湖まで徒歩で行くには、一日では足りず、どこかで一泊する必要があった。大学時代から使っている寝袋があったので、それを押入れから引っ張り出してこようと思っていた。

 登山をやめたのは、妻の意向だった。妻はアウトドアに興味がなく、なぜわざわざ不便でしんどい思いをしなければならないのかと理解できないようであった。お互いに仕事が忙しく、貴重な休日にはふたりでゆっくりと過ごしたいと言われれば、個人的な趣味の道具はすべて段ボール箱に仕舞いこむしかなかった。

 ――そのあいだ、私は留守番? 家のこと、ひとりでやっとけって言うわけ?

 結婚当初から、妻は家事分担の公平さにこだわった。どちらも正社員としてフルタイムで働いており、おなじ金額を家計に入れているのだから、家事も分け合うのは当然だと主張した。こちらとしてもそれは納得のいく理屈であったので、妻の言葉に従った。妻がエクセルで作成した家事リストをもとに、割り当てを決め、粛々とノルマをこなす日々だ。

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版23号
文藝春秋・編

発売日:2018年12月20日

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  • 『赤毛のアン論』松本侑子・著

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