この作品集は、家族がらみのことも多く書いてある。私と共通の体験とも言えるが、違う感性で捉えているから私にとっても興味深い。例えば貧しいインドではよく、路上に脚のない子供が小銭の入った箱を前に横たわっている光景を目にする。餓死するよりはと、親が望んで幼い頃にそうしてもらう、との説明を受けた時、女房は貧困の中でそうせざるを得なかった親の悲痛を思い、卒倒しそうになったとある。私の方は、「これほど賢いインド人が、なぜいつまでもこの極貧の中にいなければならないのだ。宗主国だったイギリスが二世紀余りにわたり、愚民化や輸出先確保のための工業化阻止、といった植民地政策をとったためか」と憤っていたのだ。
また本書は、私のすっかり忘れてしまったことを思い出させてもくれる。トルコのホテルで、私達に格別に親切にしてくれた金髪美人マネージャーがいた。女房は彼女の説明を実によく記憶している。大きなティールームのドーム天井にトルコ石がちりばめられていたこと、調度品がアールデコ調だったこと、もてなしてくれたトルココーヒーのカップの底にコーヒー粉が沈殿していたこと、国父アタチュルクの定宿が一〇一号室だったこと……。私の方は、彼女の桁外れの親切は、セクシーな私に惚れたせいと思い込み、彼女の左手薬指にリングのないことを確認したり、彼女の歓心を引くべく腐心していたのだ。同じものを見ていてもアングルがまったく異なるし、私の場合はしばしば邪まな心が忍び込み目が曇っているから、私が読んでも新鮮である。
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