そのうえ、このホテルで会った青年の話にあるように、女房には、男女を問わず、初めて会ったような人から過分な親切を受けたり、深い内面まで打ち明けられる、という不思議な特性がある。外国においてもそういうことがしばしば起きる。なぜそうなるか私にすらよくわからないが、この経験が本書でもあちこちで生かされている。
父はよく「エッセイに嘘はいかんよ」と言った。事実を曲げてはいけないということだ。本書を読むと、女房は父のこの教えをよく守っているようだ。ケンブリッジでの隣人からの熱烈なラブレターも、「どうだ、文句あるか」という表情で私の鼻先に突き出されたから全て読んでいるが、一言一句、本書に翻訳されている通りだった。
ただし、私の心理を推測する部分には事実と違う所もある。小学生だった次男の野球クラブで、保護者を交じえた試合が行なわれたことがあり、女房と私は敵味方に分かれた。私の強振した打球が右中間を襲った時のことだ。私は抜けたと思い、ランニングホームランにしようと疾走していた。とボールが消えた。これまた横っ走りに疾走していたセンターに、なんと好捕されてしまったのだ。信じ難いこの光景に私は呆気に取られ、しかもそれが女房と知り、然呆然愕然と眺めていただけなのである。それを本書では私が怒り心頭で女房を睨みつけていたように書いてある。女房はこの日の夕食で、さも嬉しそうに私を嘲笑した。「グローブを出したら入っちゃったんだな。奇蹟とは恐ろしい」と口惜しがったら、息子達と大口を開いて笑った。そしてこの日の出来事を日本中世界中の友人に触れ回り、原稿にまで書いた。本書は長年書いてきた私から見てもかなり質の高いエッセイ集だ。ただし、私の面子を潰すような叙述はすべて著者の、夫に対する尊敬心の欠如から来る一方的な思い込みだ。と思いたい。と思って欲しい。
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路傍に歴史の痕跡が隠されている
2012.04.25インタビュー・対談
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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