書評

文庫本で180ページほどの小説になぜこれほどの「大きさ」を感じるのか

文: 津村記久子 (作家)

『死んでいない者』(滝口悠生 著)

『死んでいない者』(滝口悠生 著)

 通夜の夜を、人々は集まったり離れたりしながら思い思いに過ごす。故人の孫である美之(よしゆき)は、故人の自宅のプレハブ造りの離れで暮らし、最後まで近しい場所にいた人間でありながら、通夜の会場である集会所に集まる親族たちとは距離を置いてずっとプレハブにいる。美之は中学の時に学校に行かなくなり、高校には進学したものの、卒業後は働かずに故人と住んでいたという人物で、すでに妻を喪っていた故人の食事を作り、ときどきは一緒にごはんを食べていたという。美之は故人に寄生して、家事以外は何もしていないようでいて、妹の知花の長電話の話し相手になったり、ネットに音源を投稿し、それが数千を超える閲覧数を稼いでいたりする。美之の社会的な立場を単純に言葉にするならニートということになるのかもしれないけれども、多くは語られない故人と美之の生活の中での交流や、親族に交じって通夜に出ることはしない美之なりの故人への弔意の示し方には、まるで水槽の水を浄化するために置かれている石のような静かな価値があるように思える。また、美之が中学校に行かないことに関して不安を感じていた母親の多恵(たえ)が、ベッドで眠っていたり食事をしているまだ小さかった頃の知花を「そんな唐突で脈絡のない行動など、娘の記憶に残りはしまい」と思いながら衝動的に強く抱きしめていたことを、実は知花が覚えていていつか母親である多恵に話すだろうということが示唆される部分には、家族の小さくも奥深い秘密が明かされるような、つらいけれども優しい感慨がある。

 まだ死んでいない者の中には、通夜の場に現れない者もいる。故人の長男で喪主の春寿(はるひさ)の息子である寛(ひろし)はその一人で、彼の子供である二人の兄弟を残して五年前から行方不明とされている。母親とも連絡が取れないので、子供たちは祖父である春寿に育てられている。兄弟が春寿の家で、自分たちの父が使っていた部屋で生活することになって動揺する、という家の部屋にできる家族の層への気付きは印象的だ。酒を飲み過ぎ、親戚から金を借りる寛の像は、親戚という単位の中ではひどい問題児だけれども、兄弟にとっては普通の優しい父親だったという。

死んでいない者滝口悠生

定価:本体680円+税発売日:2019年03月08日


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