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野生のシカの味、熱いコロッケの味

野生のシカの味、熱いコロッケの味

平松洋子

『食べる私』(平松洋子 著)


ジャンル : #随筆・コミックエッセイ

『食べる私』(平松洋子 著)

 食べものについて語るとき、おのずとひとは鎧兜(よろいかぶと)を脱ぎ、自身の半生と向き合う。ほんのささいな記憶にも厚みがくわわるのは、食べものという実在感のなせるわざだ。あえていえば、「対話」ではあっても、「対談」「座談」にしないことを心がけた。テープに起こされた会話を文章にまとめるさいにも、語り手の輪郭が立ち上がってくることに主眼を置いたつもりなのだが、もしそれが叶えられていたらうれしい。食べものに託して語られる各人の言葉の誠実さには、いつもいつも胸を熱くさせられた。たとえば、ハルノ宵子さんが寄り添う父や母との濃密な時間。黒田征太郎さんが少年時代を語るむきだしの記憶。ヤンヨンヒさんが述懐する北朝鮮に渡った兄たちとの関係。伊藤比呂美さんがさらけだす卵への偏愛……身を削るような言葉が骨に沁みる。あるいは、アスリートや冒険家が向き合う食べる行為には、人間の身体について多くの示唆があり、何度となく目を開かされた。身体性とは、食べる行為から導き出されたひとつの表象である。

 さて、食べる行為が行き着く果て、終止符が打たれる地点には死がある。そう考えれば、私たちは一食一食を終えるたび、無数の小さな死と日々向かい合っているといえるのかもしれない。それを凌駕するのが生のエネルギーであり、生命の欲求だ。金子兜太さんが「本当に好きな食べ物なんていうものはあらへんのです」「食べ物は通過儀礼に過ぎない」と言うとき、その言葉に宿っているのは無常感ではない。恩師や戦争で失ったあまたの命を悼みながら生きてきた、そしてこれからも生きてゆくという野太い魂の宣言。五本の指で郷土菓子を口に運ぶ九十六歳の姿に、私はエロスそのものを感じた。

 いろんな食べものをともに味わうのも毎回の楽しみだった。田部井淳子さんが大好物だという干し柿の、驚くほど濃厚な味。高橋尚子さんは、ちょうど届いたという大きな西瓜を惜しげもなく切り分け、「みんなで食べよう!」と豪快に振るまって下さった。甘い汁を口の端から滴らせながら、一瞬、チーム尚子の一員になった気がした。食べものには、懐に飛び込ませてくれる力がある。服部文祥さんの自宅で、放し飼いの鶏が生んだ卵を割ると、鶏たちの餌となった野生のシカと家族の暮らしがずどんと太い直線で繋がるのだった。ハルノ宵子さんが手ずから台所で揚げてくださった熱いコロッケの味も、忘れられない。居間の壁に掛かった額縁の写真を見上げると、誕生日が来るたびこのコロッケを食べるのが大好きだった父、吉本隆明さんが微笑んでいる。ふっくら香ばしく揚がったコロッケの味に凝縮されている家族の長い時間が、味覚を通じて大河のように体内に流れこむ。食べて、生きて、死ぬ。人間のいとなみが、コロッケのよろこびとなって腹のなかに据わっていた。

 連載の初回から全取材に同行し、併走してくださった角田国彦さん、文藝春秋写真部、深野未季さん、榎本麻美さん、山元茂樹さん、石川啓次さん、書籍化にあたっては文藝出版局、本川明日香さん、装幀は大久保明子さんほか、諸兄諸氏の手を煩わせた。

 本作の筆を擱(お)くにあたって、快く掲載をご承諾くださった二十九人の方々にあらためて心からの敬意と感謝を申し上げます。

二〇一六年春 平松洋子

文春文庫
食べる私
平松洋子

定価:858円(税込)発売日:2019年04月10日

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