利尻島には驚くべきことに「浅見光彦倶楽部」の会員が二人いた。小さな島で人口もさほどではないだけに、これはちょっとした感激ものだった。その一人の勤務先である利尻カルチャーセンターを訪ねたのが、まず最初の収穫になった。第一章の冒頭で、浅見光彦の体験に準(なぞら)えて、その場面を再現している。もっとも、この何でもないようなエピソードを導入部として、長大なストーリーが展開してゆくとは、じつのところ、作者自身も確信があったわけではない。
この解説を書くにあたり、久しぶりに『氷雪の殺人』を繙(ひもと)いたが、プロローグとこの第一章の導入部がじつにスムーズにスタートしていることに、あらためて感心した。自分の作品に感心してはいけないかもしれないが、それが正直な実感である。これがあるから、それ以降にやってくる少し硬質なテーマにも順応できるというのが、「読者」としての僕の感想であった。
この作品は一九九八年十月二十二日号から九九年七月二十二日号まで、「週刊文春」におよそ四十回にわたり連載されたが、例によってプロットを用意しないまま執筆がスタートしている。しかし、読み進めてゆくうちに、このストーリーは、思いつきや場当たり的な手法で書かれたものとは、到底思えなくなった。導入部だけを取り上げても、浅見と中田絵奈の出会いから、浅見の鋭い洞察力や絵奈の心理の揺らぎなど、じつに巧妙に読み手の興味をそそる書き方だ。そうしてやがて、壮大なテーマが陽炎(かげろう)を透かして見るように姿を現す。
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