イゴールの息子であり、優秀な宇宙工学者ヴィクターは、地球への帰還直前に父が発した不可解な電子メイルを受信していた。意味をなさない文字の連なりは、暗号であるように思われたが、解読は手強そうだった。しかし幼い頃に父と行った暗号パズル遊びの記憶を手がかりに、息子はついに複雑な暗号を読み解く。そこには、「天使の姿をした宇宙の光」という謎の文言が現れ、自分がアメリカの国家的陰謀によって、口封じされそうであることが訴えられていた。父親が知った国家的な機密とは何なのか。
息子は渡米し、父親の同僚の乗組員の娘から、ある不可解な詩を手に入れる。そして調査を進めるうち、「天使の姿をした宇宙の光」を見た際、ステーションの内部では、「ピアノの低音のごとき擦過音」もしていたという事実を突き止める。
この段階にいたり、物語に奇妙な探偵役が登場する。「微笑みの呪術師」の異名を持つ、カナダ原住民のゲーム会社CEOで、彼は嗅覚を聞くことができる超能力を引き金に、事物の発する思念を感じ取ることができるようになる。この超能力者が事件に興味を持ち、独自に調査を開始する。すると謎は次第にヴェールを脱ぎはじめ、一九八〇年代にアメリカ大統領、レーガンが構想していた「スターウォーズ計画」がこれに関わっているらしいことが見えてくる。
作者は、中国系のカナダ人で、料理作家としてすでに世に出ている。そして当作は、右に述べたような魅力的なピースを駆使しながら、第一級のエンターテインメントに仕上がっているふうである。すでに完成されたプロの技量を用い、意図的に「二十一世紀本格」の目指すところに合流し、挑戦してくれたようで、この点には大いに感謝した。
ただこのリーダビリティは、英語圏の文芸等を思わせる西洋流のものであるらしく、華文流の言語感覚や、風合いは薄いようである。
またページを繰る手を留めさせないこの熱気は、大きく魅力的な謎で読者の関心を引き、その解明を熱望する読み手の意欲をエネルギーにする「本格」の流儀とは、若干質を異にするものに思われた。密室を扱いながらもこの物語の吸引力が、「謎→解決」の太い背骨を受け手・送り手の相互了解とする本格のものというより、広い意味での冒険小説の手法を用いた、上手な引き廻しなのであろうと推察される。
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