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島田荘司推理小説賞発表! 候補作選評『H.A.』(薛西斯・著)

第四回 噶瑪(かば)蘭(らん)・島田荘司推理小説賞選評

 三つのゲームが順次進行するのだが、各ゲームへの参加にあたって、その固有のルールが冒頭で仔細に述べられ、そののちに作中の参加者は、自分が操るキャラクターを用いて、そしてこのルールに厳に沿って、内部の物語の一部として振る舞う。そして提示されたルールの間隙を縫って、キャラクターの殺害が行われる。次のゲームに進行すると、またその世界固有のルールが詳細に提示され、再びこのルールの隙を縫って、キャラクターへの加害行為が行われる。

 作者はこれを、数学に似た構造と説明する。「一+一は二」という算術のルールは自明のものとしてあるが、あるゲームにおいて、「+」という記号を別種の意味あいに変化させて定義し、一貫して安定的に用いれば、まったく別のストーリー世界が導かれ、物語はそれ固有の推移をすることになる。

 ゆえにゲーム全体は数学の解法に接近し、ルールをよく説明され、この「条件」を正確に理解してのち内部に入れば、起った事件に正しくこれを適用して、事件の謎は必ず解けることになる。このように、「眼前の現実とは異なるルールを規定し、このルールを用いて謎に解決を見いだす小説が、自分の『本格』である」と作者は定義する。

 こういう構造世界の実現に最新科学技術の力を借りる。これが自分の信じる「二十一世紀型の本格ミステリー」であり、そのため、物語内部の少なくとも殺人をともなう劇的な展開は、オンライン内部でのみことが完結すべきで、ゲームを遊ぶ者たちの属するオフライン世界と影響させ合うことはしたくない、あるいはあってはならない。

 このような本格ミステリーは、徹底してゲームと重なるべき性質のものであり、そのために必要な背骨は、ハウダニットひとつきりであると断じる。フーもホワイも不要で、ゆえに当小説においては、フーダニットとホワイダニットの概念は放擲する、と宣言する。この未聞の思い切りが、この小説の最大の新しさになっている。

 作者によるこの型破りの宣言が、自身のどこまでの創作範囲をカヴァーするものであるかは、今回提出の作品と論文のみでは不明である。彼女はファンタジー小説もものしているようだが、今後自分の描く本格ミステリー世界はすべてこのルールで行うというのか、オンラインゲーム世界を描く本格の場合のみはこのルールを遵守するというのか、あるいは今回の本格小説の場合のみ、これを適用する心づもりだというのか、不明である。もしも最初のものであれば、この考え方こそが、新世紀の今、最も面白い本格小説を作らせる、という主張になる。当選評はこの尖った考え方に対しても評価、でなくとも最低限感想は述べるものでなくてはなるまい。

雷鈞 稲村文吾訳

定価:本体1,800円+税発売日:2019年07月24日


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